気がついたらベッドの上

体のあちこちが痛い

涙が、あふれてきた



このとき誓ったんだ

もう、恋なんかしないって。



*



―――――
―――

「和葉!おはよう」

私が大学までの道のりを歩いていると、うしろから親友の鈴木絵美が声をかけてきた。

「おはよう」

友達が少ない私にとって、絵美は本当に心を許せる貴重な存在だ。

二人で並んで歩いていると、絵美が思い出したように話し出した。

「そういや昨日も二宮が和葉のアドレス教えてって言ってきたよ〜。断ったけど」

「ありがとう。…いつもごめんね」

「いやいや。おやすいご用よ」

私の事情を知っている数少ない人。
何かあると私を守ってくれている。

絵美がいなかったら、私は大学に通えていないかもしれない。



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正門をくぐり、教室に向かっている途中でこちらに手を振っている人がいることに気がついた。

「やば!二宮じゃん」

私より早く反応した絵美は、近寄ってくる二宮くんを睨みつけた。


「和葉ちゃん、絵美、おはよう」

さわやかそうな笑顔でそう言ってくる彼に、私はどうすることもできずにいた。

……身体が言うことを聞かないのだ。

「…和葉ちゃん?顔色悪いみたいだけど…」

―――ダッ!

私は思わずこの場から離れた。

男の人が、たまらなく苦痛だから。



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私は思わず物陰に隠れて、気持ち悪さを何とか沈めようとする。

だめだ。

何年たってもだめだ。

心の奥底に刺さってとれない大きなナイフが、ぎりぎりとさらに傷をえぐる。

私の考えが正しかったら、二宮くんは私に好意を抱いている。

……その好意が私を苦しめるのに。





「…どうした?」

下を向き深呼吸を繰り返していると、頭の上から声が降ってきた。



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顔を上げると、そこにはたばこをくわえた背の高い男の人が立っていた。

逆光で顔はよく見えないが、学生には見えないくらい雰囲気を出している。

私は声も出せずに彼を見つめていた。

「――おい、聞こえないのか?お前美人なのにその顔色じゃあ台無しだぞ」

そう言いさらにのぞき込んできた。


―――嫌だ!近寄らないで!

そう言いたいのに、口が開かない。

至近距離で見て気づいたが、この人、かなり整った顔してる。

特にその鋭い目。
私は目をそらすこともできず、その場に立っていた。



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「……お前、学部と名前は?」

彼はたばこを片手に、整った顔をさらに美しく歪めながらそう尋ねてきた。

「…経済学部経営学科、島貫和葉」

やっと口が開き、それだけ伝えたところで我に返った。

「島貫和葉。…俺、なんだかお前が気に入ったよ。またな」

それだけ言い、私の頭をクシャッとなでて彼はきびすを返した。

―――たばこに混じった香水の香りだけを残して。




「あっ、和葉!」

しばらくして私を捜してくれていた絵美が駆け寄ってきた。

「ごめんね!って…なんか、顔赤いけど?」



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―――私は、絵美にさっきの出来事を話した。

すると絵美は驚いているようだった。

「和葉、男の人と話したのに思ったほどダメージ受けてないんじゃない?」

見た目はね、と付け足して絵美は私の様子を伺っている。


「確かに…」

怖かったし、逃げ出したかったのは事実だけど。
なんか…よくわかんないけど。

「ま、ま!とにかくもう授業中だし…サボっちゃおっか?」

茶目っ気たっぷりにそう言う絵美に私は笑顔でうなずくのだった。



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