今日も、ホタルは本を読んでいた。文字を追っているその目は、希望と幸せで輝いている反面、悲しそうだった。
 本を読む度、自分は不幸な飛べないホタルだということを、嫌でも突き付けられる。
 しかし、夢を見ることを彼女はやめることをしなかった。
 彼女には、それしかないのだから。
 カーテンが風を含み、部屋の中へ膨らむ。ボーッと想像の中に入っているホタルの手にある本が、ページをひとりでに進ませる。
 風を切る音。堅い物が、ベッドに落ちる音。
 ようやく、ホタルは現実に帰ってきた。
 布団に隠れてる足の先に、土色の球体が転がっていた。
 掴むとボロボロなことがよくわかる。買い替えればいいのにと、ホタルはボールとにらめっこした。
 「いったい、どこから来たの?」
ボールに話しかけるホタル。まだ少し、夢心地のご様子だ。
 ここの部屋の物ではないはずだ。ここにある物は全て、清潔で安全で、高価な物ばかり。
 こんな、汚くてどこからどう見ても安っぽい物を家に入れるのは、彼女の義母が許さない。
 外が騒がしい。これは、子供の遊び道具に見えるが、ここは2階だ、届くだろうか?
 そんなことを思いながら、ホタルはカーテンをくぐり外の空気を吸う。
 「おーい!こっちに投げてくれー!」
 青い空がどこまでも広く、浮かぶ雲がどこまでも自由に見えた。
 下の空き地で、影が揺れている。このボールの持ち主だろうか?1人だけじゃないように見えるけれど。
 ホタルは、その影とボールとを見比べて、口の端をあげた。
 今日は、エレンがお休みをもらう日で、お昼からいない。他の使用人達も家の者がいないことをいいことに、それぞれ好きな場所で仕事をさぼっている。義母に義父、義兄はちょっと隣町へお呼ばれされている。帰るのは明日だと言っていたっけ。
 部屋に戻ったホタルは、久しぶりにわくわくしていた。本を読んでいるときもわくわくするけれど、そのわくわくとは全然違うわくわく。
 靴のひもも結ばず、寝間着のまま部屋を飛び出した。
 滑るように廊下を走り、飛び落ちるように階段を駆け下り、ネズミのように玄関を出た。