『時間、大丈夫?』

『へっ!?』

突然真顔で聞かれたので声が裏返ってしまった。

『イヤ‥時計‥何度も見てたから‥』

そう言って私の左手を指差した。自分でも気付かないうちに、何度も時計を見ていたらしい。本当は、おなかが極限に達していたけど‥知らないおじさんに貰ったジュースで乗り切ろうと思い、つい「大丈夫だよ」なんて平気な顔で答えてしまった。


『じゃあ、せっかくだし一緒に試合観ない?』

『い、いいの?』

『うん』

私たちは、三人がけのベンチに二人並んで座った。

『『‥‥‥』』

お互い何を話していいのか分からず、無言の時間が続いた。こんなチャンス滅多にないのに‥。さっきまで、あんなに大きな声援が聞こえていたのに、今は何も聞き取れなくなるくらい緊張していた。


「今日は天気いいね?」
って聞くのは可笑しいよね‥

「金子投手が好きなんだよね?」
それは少し前の話題か。

何て話を切り出したら良いんだろう‥。私は両手で掴んでいたジュースの入った紙コップを少し強く握った。すると、それを見ていた俊チャンが口を開いた。


『ここに来るとさ‥帰る頃には両手じゃ収まりきれないくらいのお土産を貰うんだよね』

首を横に傾けて聞いていると、持っている紙コップを指差した。

『それ、知らない人から貰ったろ?』

私はゆっくり頷いた。「やっぱな」そう言って俊チャンは笑った。

『どっちのチームの応援なのかは関係ないんだ。野球を観に来ている。それだけで仲間意識が生まれるんだって。だから、ゆっくり観て行ってって気持ちを込めて、ジュースとかお茶を振舞うらしいよ?』

『そうなんだ‥野球って沢山の人を巻き込む球技なんだね』

下を向いて微笑んだ。少しだけ左を見ると俊チャンも‥笑顔だったから私はもっともっと嬉しかった。