野球の知識がない私にとって、この時間は苦痛でしかなかった。話しているのが俊チャンだったら、もっと真剣に話を聞いていたんだろけど、知らないおじさんの知らない野球選手の話は本当に面白くなかった。「うんうん」と、頷いていたけど頭の中では「いつまで聞かされるんだろう?」と言う言葉が右から左へ流れていた。


『ファール!!』

何処からか、低く渋い声が聞こえた。それを聞いたおじさんは「ボール拾いに行くからごめんね」と謝って、やっと私の傍から離れてくれた。


自由になれた私は、座っていたベンチの背もたれに寄りかかった。
おなかが空いているので今すぐにでも家に帰りたいが、自転車の疲れと知らないおじさんの話を聞かされて、今は金縛りに合った時の様に一歩も動けなかった。

『今日は天気も良いし、まっいっか』

目を閉じて、野球と陸上の声援を静かに聞いていた。


『試合終了。両チーム集まって』

さっき聞いた、低く渋い声の持ち主が再び大声を出した。「そろそろ帰ろうかな‥」そう思い立ち上がると、正面から一人の男の子が近づいてきた。

『俊‥チャン?』

向こうも私の存在に気付き、小走りで近づいてきた。

『何でここにいるの?』

不思議そうな目つきで私を見てきた。

『私は‥自転車で通りかかったら声が聞こえてきて、それで何となく‥俊チャンは何でここに?』

『俺は下見かな』

『下見?』

『うん。
次の試合、俺らの学校の先輩が出るんだ。俺も5年生になったら、このチームに入るから下見しとこうと思って』

『そうなんだ』

生き生きとした俊チャンの横顔がとても格好良かった。
この場合、頑張ってとか言うべきなのか迷ったけど、何かどれも安っぽい言葉にしか思えなくて‥だから今は言わない事にした。5年生になって、選手として活躍したときに精一杯の応援をしようと心に誓った。