心理カウンセラー、ジャック村上の前には、古谷聖夜に関する資料が広げられていた。
ジャックは日系二世のカナダ人。
見た目は全くの東洋系だが、英語圏で生まれ育った彼は論理的思考の持ち主だった。
彼のカウンセリングの手法は、理解と昇華。
心の歪みには必ずその原因がある、と彼は考えていたのだ。
その原因を紐解き理解し、それを引き受け昇華する。
それが心の健康を取り戻す為の彼の手法だった。
ジャックが初めて聖夜に会ったのは、昨年2003年の冬、ここカナダの心理学研究所でのこと。
聖夜は同じ研究所でスポーツ心理学を研究する同僚、古谷樹の弟で、幼少の頃に受けた事故のショックで失語症に掛かっているということだった。
だが……
ジャックはその診断に異を唱えようとしていた。
彼は聖夜が言葉を発しないのは、ショックからではなく、外界との接触を絶ちたいという願望の現われではないかと考えていたのだ。