健司が出て行った扉を見つめたまま、動くことができなかった。

振り返るのが恐くて、カタカタと小さく震えるだけ。




「―――…何で、いんの?」

先に話し掛けてきたのは久世玲人だった。


ビクッと体が揺れる。

そろーりとゆっくり振り返ると、久世玲人は眉を寄せたままこちらを鋭く見据えていた。


その真っ直ぐな視線と、久しぶりに話し掛けられたことで、体がおかしくなるくらい緊張する。


どうしよう…どうしよう……

健司がいなくなった今、私1人じゃどうしていいか…


「ご、ごめんなさいっ…、あ、あのっ…そのっ…」

ここへ来た理由も、うまく説明できない。

何でいるのか、って言われても自分でもよく分かっていない。

せめて、そのあたりだけでも健司から説明してほしかった。


おろおろと焦ることしかできない私に、久世玲人は小さく息を吐き出した。


「……とりあえず、座れば?」

「……………は、はい…」


その言葉に、少しだけ涙が出そうになる。

「帰れ」と言われることを覚悟していたけど、久世玲人の口から出たのは逆の言葉。

拒絶されなかったことに安堵し、それだけでもう、泣きそうになってしまう。


「適当に座っていいから。……何か飲むか?」

「あ、ありがと……」


あの日と同じ、黒いソファに腰掛けた。


前のような優しさに触れ、心臓がまた違う意味で騒ぎ始める。