「もし俺があの時のことを全部話したら、おそらく担任と教頭は、菜都にも事情を聞くことになるだろ」

「うんっ…そうしたらっ、私も、全部話せたのにっ」

「それが、イヤだったんだ」

「…?どうしてっ…?」


分からなくて、また少し体を離して久世玲人の顔を見つめた。涙でぐちゃぐちゃになってるせいで、「すげー顔」と笑われるけど、それに怒る余裕もない。


「ねぇ…っ、どうして…?」

「どうしてって、分かんねぇ?」

「分からないっ…」

そう言うと、久世玲人は私の髪を梳きながら、どこまでも穏やかに、優しく話してくれる。


「事情を聞かれるってことは、あの時の状況を根掘り葉掘り聞かれるってことだろ」

「うんっ…」

「そんなこと、先生とはいえオッサン達に話したくないだろ。それに、思い出させたくなかった。あの時の菜都、超震えてたし」


確かに、すごく恐かった…。今でも、あいつらの顔を思い出すと寒気が走り、鳥肌が立つけど…


「でもっ、我慢できる…、久世君が悪者になるくらいならっ…」

「俺が我慢できない。他の男が菜都に触れたこと、その時のことを菜都が一瞬でも思い出すのが、たまらなくイヤだ」


私を抱き締める腕の力が、どんどん強くなっていく。

その言葉と腕に、まるで、心が縛られていくかのように、私を捉えて離さない―――。


「それに、誰がどこで聞いてるか分からない。もし、それが漏れて噂が広がってみろ。周りからどんな目で見られるか」

「…久世君っ……」


「ただでさえ、俺と一緒にいて一線引かれてるのに」


苦笑しながら言う久世玲人に、こくり、と頷いて返すと、「だろ?」とさらに笑われた。