....って、あんた誰よ!?」
私の目の前にあったのは....
"床"と
"人"。
私はまるで魚のように口を開けたままパクパクさせていた。
もちろん部屋の床が見える位に綺麗になっていたことには驚いたが、
それ以上に私の部屋に誰か居る事に言葉を失ったのだ。
「あ、あんた...誰よ?」
するとその男は何食わぬ顔で私を見て、
「あぁ?猫だ」
と、そう答える。
―――――――――
――――――
―――
.....ああ。分かった。
これは夢か。
なんだ、夢じゃん。
だって私の部屋に誰かいるわけないし、
それに部屋が綺麗になってるとか、
ありえんよね...―――――――
―――――「一人でなに喋ってんの?」
「...は?」
男は背を低くして、
私を見上げるように言う。
.....どうやら私は今考えていた事を口から発していたらしい。
「っつーか、なんでこんなに汚かった訳?」
周りを見渡しながら言う男。
今日私が家を出たときとは大違い。
.....部屋が綺麗になってる。
「なんか言えよ」
「...はい...」
なんか怒ってるように聞こえるのですが...。
"じゃあ決めた!"と言ったかと思ったら、男はとんでもない言葉を発した。
「俺、今日からここ住むわ」
「へ...?」
私はもう放心状態。
そのままリビングの扉にもたれかかっていた。
"じゃ"と、私の頭をごしごしと撫で、
男はそのまま私の唯一の居場所、"寝室"へと姿を消した.....
あぁ、神様
本当にこれって現実ですか...?
.....っていうか、あの男誰よ?
猫男が家に住み着き、早いもので1週間。
猫男はいつも私のベッドを陣取る。
もちろん私は小さなソファーで寝る羽目に。
...まぁ、私自体小さいからいいんだけどね。
昼間はどこかへ出かけているようだが、私が仕事へ向かう時間はいつも寝ている。
ご飯を食べるときの行儀もいいし、いいとこの坊ちゃんかっ!?
綺麗な顔をした猫男は、まさにモデルのよう。
もし本物なら、もうとっくにテレビ局に暴露していただろう。
口から少しよだれを垂らしたその猫男を見て、
「それじゃ猫じゃなくて王様じゃん...」
ポツリと呟いた。
―――「うぁ?」
急に起き上がり、私を睨む。
私が何を言ったか絶対に分かってるくせに聞きなおす。
―――――.....こいつ、起きてたのかよ。
「.....さっ、朝ごはんの支度しよっと」
猫男の言葉は聞き流し、早速準備に取り掛かる。
パン
スープ
サラダ
ジュース
ほとんどが手作りのもの。
挨拶と料理には手を抜かない。それが菅 依月なのだ。
掃除は.....まぁ、良いとしてね。
猫男との生活は悪くない。
私がどれだけ部屋を汚しても、仕事から帰ってくるときにはちゃんと綺麗にしてあるし。
言うなれば、家政婦?ってものですか?
――――――「お前、何一人で喋ってんの?」
「.....は?」
......また、ですか...。
私ってやっぱり思ってること口に出すキャラなのかもしれない。
「っつーか、お前どんだけ時間かかってんの?」
そんな猫男の呆れたような声に背中がサーっと冷たくなった。
急いで時計を見る。
.....ヤバイ。遅刻
―――――「すみません!」
まるで携帯のように体を曲げ、校長に謝る。
...そう。実は私、菅 依月は小学校の先生をしているのだ。
「菅さん、あなたは先生なんですから。子供の見本にならなくてはいけないのですよ。分かってますか...?」
「はい...すみません」
少しだけ声のトーンを下げて話す。
.....いつもはこれで許してくれるはず.....
...だったけど、
.....今日の校長は少し機嫌が悪いようです。
―――「で、なんで遅れたんですか?」
いや、男に住みつかれまして~...なんて言ったら今度こそ減俸されるし。
だって.....校長...言っちゃ悪いけど、...おばさんだもん。
「.....す、菅さん.....」
前を見ると真っ赤な顔したおばさん....じゃなくて校長。
――――もしや、また声に出てましたか...?
背中がスーっと冷たくなる。
今日で何回目だろう..........
「.....すみませ「俺からも、すみません!」」
.......は?
「か、加賀くん!?」
あり得ないというような目で加賀君を見ると、口の端を少しだけ上げた。
....."大丈夫。任しとけ"って感じで。
「俺が昨日飲み会の後に子供たちのテストの採点を手伝って、なんて言ったから.....本当、俺のせいです」
「はぁ。...加賀さんが言うんなら.....」
...テストの採点なんて手伝ってない。
そして、校長は加賀君に弱い。
「じゃあ2人とも。朝の会が始まりますから、教室に向かってください」
「はい」
―――――――――
――――――
―――
「ねぇ、加賀君!」
私を置いてさっさと行こうとする加賀君を呼び止めた。
「何ですか?」
「どうしてさっき、あんな嘘言ったの?」
すると加賀君はコトッと私のかけていたメガネを外す。
「な、なによ」
メガネをしていないから、視界がぼやける。
「ねぇ、菅さん.....―――
―――まつ毛、付いてますよ」
「なっ.....」
ゆっくりと私の顔に加賀君が近づいてくる。
そして.........
―――――ドンッ!
「や.....やめてよ!キスなんて....」
加賀君を突き放す。
そして"私まだファーストキスまだなんだから"って言おうとした。
.....いや、これは言わないでおこう。
ぼやけた視界の私から見る限り、加賀君はすごい笑いを堪えてる。
「キス、してないし。...ほら、まつげ取れましたよ」
くるくると私の目の前で取れたまつげを回す。
「からかわないで...」
「からかってませんし。あっ、もしかして.....キス、して欲しかったんですか?」
「違いますよーだ。加賀君なんて何処かにいっちゃえ」
「ちょっと.....、それは痛いかな...」
「えっ?」
ショボンとした加賀君の声に驚く。
「菅さん、俺.....やばいです」
私の両肩を掴んだ。
「何がやばいの.....
私の言葉は、最後までいえなかった。
そして、ほわっとした香りと
やわらかい何かが私の唇に軽く触れる。
「ごちそうさまでした」
「.......っ」
「じゃあ、今日も仕事頑張りましょうね」
加賀君が去っていく。
―――「はあああああぁぁ??」
―――――誰も居ない廊下には、加賀君の足音と
私の叫び声だけが響いた―――――