「いっ...いいわよぉ~そんな、ねぇ」
そう言いながら鍵ではなく財布を取り出し1万円札を抜き、加賀君に渡す。
...渡すじゃなくて、力ずくで持たせた。
「じゃぁね~」
笑顔で言ったつもりだけど、多分私の顔は恐ろしく引きつっていたであろう。
あの恐ろしく汚い部屋に誰かを入れてはいけない...
そう思い、走ってマンションのエントランスに。
「菅さん!」
後ろから私を呼び止めた。
「ん?なに?」
"あの...ですね"と顔を真っ赤にしながら言う加賀君。
何?って思ったけど、私が渡した1万円札を見ながら私に話しかけている姿に"ピン"と来た。
「お金はいいから。おつりは貰っていいよ、送ってもらったお礼で」
「いや...」
そんな加賀君の声は軽く流し、私は手を振りながらマンションの中に入る。
私しか乗っていないエレベーターの中、
「はぁ」
と言う私のため息だけが聞こえる。
いや、本当なら加賀君にお茶を一杯出す位はしようと思うんだけど...
あの物置のような素晴らしく汚い部屋には誰も入れたくないし...ね。
そしてエレベーターが私の階に止まった頃、
少しだけ酔いが覚めたのか、頭が痛くなってきた。
...明日、仕事休みでよかった...
軽い鍵を取り出し、玄間の扉の穴に差し込む。
.....?
...あれ?
鍵を回そうとするが、いつもと違って開けた感じがしない。
...鍵、閉め忘れちゃったかな...?
まあ...、このマンション新しいから大丈夫だよね。
そんな変な言い訳で解釈する。
「ただいまーーーー」
実家に居たときの癖か、毎回"行ってきます"と"ただいま"は言ってしまう。
もちろん静かな部屋.....の、はず.....
"ガサッ...バサッ"
「...は?」
誰も居ないはずのリビングから何かの音がする。
―――ゴクリ
漫画でよくこういうシーンの事、息を呑むって言うけど...
本当にそうだな~なんて思ってる。
―――――――――
――――――
―――
.....いやいやいや。
今はそんな事考えている場合じゃないぞ。
普通に。
...普通に行こう。
「ただいま~.....
そして私はリビングへ繋がる扉を開けた.....
....って、あんた誰よ!?」
私の目の前にあったのは....
"床"と
"人"。
私はまるで魚のように口を開けたままパクパクさせていた。
もちろん部屋の床が見える位に綺麗になっていたことには驚いたが、
それ以上に私の部屋に誰か居る事に言葉を失ったのだ。
「あ、あんた...誰よ?」
するとその男は何食わぬ顔で私を見て、
「あぁ?猫だ」
と、そう答える。
―――――――――
――――――
―――
.....ああ。分かった。
これは夢か。
なんだ、夢じゃん。
だって私の部屋に誰かいるわけないし、
それに部屋が綺麗になってるとか、
ありえんよね...―――――――
―――――「一人でなに喋ってんの?」
「...は?」
男は背を低くして、
私を見上げるように言う。
.....どうやら私は今考えていた事を口から発していたらしい。
「っつーか、なんでこんなに汚かった訳?」
周りを見渡しながら言う男。
今日私が家を出たときとは大違い。
.....部屋が綺麗になってる。
「なんか言えよ」
「...はい...」
なんか怒ってるように聞こえるのですが...。
"じゃあ決めた!"と言ったかと思ったら、男はとんでもない言葉を発した。
「俺、今日からここ住むわ」
「へ...?」
私はもう放心状態。
そのままリビングの扉にもたれかかっていた。
"じゃ"と、私の頭をごしごしと撫で、
男はそのまま私の唯一の居場所、"寝室"へと姿を消した.....
あぁ、神様
本当にこれって現実ですか...?
.....っていうか、あの男誰よ?
猫男が家に住み着き、早いもので1週間。
猫男はいつも私のベッドを陣取る。
もちろん私は小さなソファーで寝る羽目に。
...まぁ、私自体小さいからいいんだけどね。
昼間はどこかへ出かけているようだが、私が仕事へ向かう時間はいつも寝ている。
ご飯を食べるときの行儀もいいし、いいとこの坊ちゃんかっ!?
綺麗な顔をした猫男は、まさにモデルのよう。
もし本物なら、もうとっくにテレビ局に暴露していただろう。
口から少しよだれを垂らしたその猫男を見て、
「それじゃ猫じゃなくて王様じゃん...」
ポツリと呟いた。
―――「うぁ?」
急に起き上がり、私を睨む。
私が何を言ったか絶対に分かってるくせに聞きなおす。
―――――.....こいつ、起きてたのかよ。
「.....さっ、朝ごはんの支度しよっと」
猫男の言葉は聞き流し、早速準備に取り掛かる。
パン
スープ
サラダ
ジュース
ほとんどが手作りのもの。
挨拶と料理には手を抜かない。それが菅 依月なのだ。
掃除は.....まぁ、良いとしてね。
猫男との生活は悪くない。
私がどれだけ部屋を汚しても、仕事から帰ってくるときにはちゃんと綺麗にしてあるし。
言うなれば、家政婦?ってものですか?
――――――「お前、何一人で喋ってんの?」
「.....は?」
......また、ですか...。
私ってやっぱり思ってること口に出すキャラなのかもしれない。
「っつーか、お前どんだけ時間かかってんの?」
そんな猫男の呆れたような声に背中がサーっと冷たくなった。
急いで時計を見る。
.....ヤバイ。遅刻
―――――「すみません!」
まるで携帯のように体を曲げ、校長に謝る。
...そう。実は私、菅 依月は小学校の先生をしているのだ。
「菅さん、あなたは先生なんですから。子供の見本にならなくてはいけないのですよ。分かってますか...?」
「はい...すみません」
少しだけ声のトーンを下げて話す。
.....いつもはこれで許してくれるはず.....
...だったけど、
.....今日の校長は少し機嫌が悪いようです。
―――「で、なんで遅れたんですか?」
いや、男に住みつかれまして~...なんて言ったら今度こそ減俸されるし。
だって.....校長...言っちゃ悪いけど、...おばさんだもん。
「.....す、菅さん.....」
前を見ると真っ赤な顔したおばさん....じゃなくて校長。
――――もしや、また声に出てましたか...?
背中がスーっと冷たくなる。
今日で何回目だろう..........
「.....すみませ「俺からも、すみません!」」
.......は?