家に住みついた猫男



―――まつ毛、付いてますよ」


「なっ.....」




ゆっくりと私の顔に加賀君が近づいてくる。




そして.........





―――――ドンッ!




「や.....やめてよ!キスなんて....」



加賀君を突き放す。



そして"私まだファーストキスまだなんだから"って言おうとした。






.....いや、これは言わないでおこう。





ぼやけた視界の私から見る限り、加賀君はすごい笑いを堪えてる。





「キス、してないし。...ほら、まつげ取れましたよ」




くるくると私の目の前で取れたまつげを回す。



「からかわないで...」




「からかってませんし。あっ、もしかして.....キス、して欲しかったんですか?」




「違いますよーだ。加賀君なんて何処かにいっちゃえ」




「ちょっと.....、それは痛いかな...」



「えっ?」




ショボンとした加賀君の声に驚く。





「菅さん、俺.....やばいです」


私の両肩を掴んだ。




「何がやばいの.....


私の言葉は、最後までいえなかった。





そして、ほわっとした香りと


やわらかい何かが私の唇に軽く触れる。





「ごちそうさまでした」


「.......っ」




「じゃあ、今日も仕事頑張りましょうね」



加賀君が去っていく。





―――「はあああああぁぁ??」








―――――誰も居ない廊下には、加賀君の足音と



私の叫び声だけが響いた―――――




「ハイ。ジャア、1333年ニ滅亡シタ幕府ハ、ナンデスカ.....」



「菅ちゃん、どうしたの?」




「ウ、ううん。ナンでもないよ」


「それで、1333年には――――――



―――――――――
――――――
―――

「菅さん、今日は一体どうしたんですか?朝からおかしいですよ」



「.....大丈夫です」


「調子が悪いなら抜けていいから」



「はい。すみません」




朝あんな事があってから私がおかしい。




.....熱?


手をおでこに当ててみる。

.....熱じゃ...、ないか。





―――「菅さん、朝の事は...「ごめん、今ちょっと忙しいから」」




今日、加賀君に話しかけられることが何回かあった。


でも何となく気まずい。




ちょっと避けちゃったりするけど.....

明日からはいつもの菅 依月に戻るから...。




―――ごめんね...加賀君........



家に帰ると、部屋が真っ暗だった。


猫男はまだ帰ってきてないようだ。


―――いつもならとっくに帰ってきてて、「飯」ってうるさい頃なのに...




リビングに入ると、


机の上にたくさんのカードが散らばっていた。


「うわ...」




本当に数え切れないほど。

何十...いや、もっと。




―――猫男が来てから、こんな風に何かが散らかったことは無かったのに...


どうして今日はこんなに散らかってるんだろう...?





―――こんなに汚れてちゃ、ご飯が運べないし...


.....片付けようか。





片付けるって言っても、何かに入れるだけ。





帰ってきたら、「うわ!この入れ方何!?...ってかお前が.....片付けたのか」とかって騒いでそう。


ちょっと猫男の行動パターンが読めたことに"フフフ"と声がでる。




このカード、何処に入れようかな...



ビニール袋?...いや、確実に怒られるわぁ


缶?...こんなに入らないか。



―――――じゃあ.....


箱に入れよう。


最近買ったブーツが入ってた箱。




―――...で、箱は何処だぁ??




―――――――――
――――――
―――

-約10分後-



「あ"ーーー!無いし。あの猫男奴、何処にしまったのよぉおおぉ」




箱探しに疲れた私は、猫男のカードをボーっと見つめていた。


オレンジ、銀、青.....



カラフルなカード達。




「何かのコレクションみたい」




まるで宝石でも見るような目でそれらを見ていた。



「ん?」


...カラフルなカードの中。一つだけ違う物があった。






―――――黒色のカード






「これって.....ブ、ブラックカー「何勝手に見てんだよ」





........あ?





―――「何勝手に見てんだよ」





.....いや、勝手じゃないし。


置いといたあんたが悪いんでしょ!!





猫男は眉間にしわを寄せ、私の手からカードをとりあげた。




「ねぇ、それって...ブラックカードだよね」




「ああ。.....


―――今から燃やすけどな」




「は?あんた何言ってんのぉ!?それ、ブラックカードだよ??」





も、燃やす!?


意味分かんないし...だってブラックカードだよ!?


そう簡単にもらえる物じゃないよね.....





―――猫男の眼に何かが光った。




「人の事情に勝手に口挟んでんじゃねぇ...

お前は何も知らなくていいんだよ」





静かに言われた言葉に、頭の中で




―――プチン



何かが切れる、音がした。


気づくと、猫男に叫んでいた。




「私には関係ないって言いたいの?

急に住み着いて...、それなのにあんたの事、知る権利も無いの??

あんたが何者なのか.....分からないんだよ...?」





心がグシャグシャかき乱されて、


胸が苦しくなって





涙が出てきた。




―――「私、あんたの名前さえ知らない」




ポツリと、



静かになったリビングに、私の声が聞こえた。



―――――――――
――――――
―――

猫男の顔を見ると、怒っているのか、悲しんでいるのか分からない顔をしていた。




傷...つけちゃった.....?




そう思うと急に怖くなって、目を瞑る。






――――その途端、体が暖かくなる。





ビックリして目を開けると真っ暗で...


上を見上げると、猫男が微笑んでいた。


「金子」



「へ...?」




抱きしめられた状態から猫男が言った。


突然言われた言葉に頭の中がハテナで埋め尽くされている





「俺の名前。知りたかったんだろ?」



「うん...!」





「というか、俺最初お前に会った時に言ったような気がしたんだけど...」


「あの時は....."ねこ"って言ってたよ」





「それって"かねこ"の"ねこ"じゃない?」



「うん...。そうだね.....」






猫男と目が合わないようにゆっくりと言う。


そうしないと、ただでさえ顔がポーッと熱いのに、さらに熱くなっちゃいそうだったから...




「と、とりあえず...離して??」


「あぁー...どうしようかな~なんか、癒されるんですけど」




そう言って、さらにまわされた手に力を入れられた。




い、癒されるって.....あんたがそうでも、私にとっては寿命縮むほどドキドキすることなんですよ!!!


「俺さぁ.....」


急にかしこまった猫男が何かを言いかけた。




「何?」




ちょっと言いにくそうなかおをした彼は、3秒くらい間を開けてから口を開く。

「俺、かい........



―――――ピロピロピロ~~♪





硬くなった雰囲気の部屋に似合わない音。



「あ、私のだ...」




携帯が、鳴る。




「でなよ」


猫男が今まで離してくれなかった私を解放した。




「早く。電話だろ?」




「うん.....」






電話の相手よりも、さっき、猫男が言いかけたことの方が聞きたかった。




猫男に促され、カバンの中の携帯を手に取る。







―――――加賀君。