しばらくして開会式が始まる。
相変わらず選手宣誓をやるのは、市立商業の部長さんだ。
あの部長も大会毎に選手宣誓やらされて大変だよな。
「ねえ、浅野君」
開会式も終わり、男子フリー選手がレースに向かった後、寺尾がちょこん、と隣に座った。
「どうした? 金なら貸せないぞ」
「なんでそうなるのよ〜。違うよ」
「そうか、朝マックも買えないほど困ってるかと思ってたんだが」
「う〜いじわる」
なんでか拗ねてるな。
「で? 何だった?」
もう少し拗ねてる様子を眺めていたいが、寺尾の出番ももうすぐだし、話しに戻そう。
「そうそう。あのね、私のレースなんだけど、ここ見て」
寺尾はそう言ってパンフを指差した。
「キレイに切り揃えてあるし、磨き方も申し分ない。何よりマニキュアを塗ってないのがポイント高いな」
「今から泳ぐんだから、マニキュアなんてしないよ」
いや、ツッコミどこはそこじゃないんだが。
「えっと、誰? 『藤岡さくら』?」
「ね?」
「ああ、藤岡先輩か。懐かしい」
俺達が北中水泳部に入った当時の3年生。
北中は部員数が多い為、2コ上ともなれば顔と名前を知っている程度。
男子ならまだしも、女子には会話すらした事がない先輩も数多くいる。
「さくら先輩、私の事覚えてるかなぁ?」
そう言えば県予選では同期とは再会したが、先輩達は会わなかったか。
もっとも、先輩全員が水泳を続けている訳ではないだろう。
高橋や西岡のように他の部活から転向してきた人がいるように、水泳から他の部活に転向した人もいるんだろう。
「藤岡先輩とは仲が良かったのか?」
「え? 浅野君、覚えてないの?」
寺尾がビックリした顔で聞き返してきた。
「いや、藤岡先輩に限らず女子の上の方とはあまり接点がなかったからな」
そもそも同時期に部活をした期間は半年に満たない。
挨拶程度はしただろうが、特別印象に残るような事は無かったはずだが?