まるで、映画のワンシーンみたいだった。

それを光の当たらないステージの隅で見ているしかない、脇役のあたし。



――…、でも





「はい。ストーップ」

フニャリと気が抜ける笑顔を貼り付けた男子が、ふたりの間に割り込んだ。


――…アキ先輩……。



「こんにちは、くるみちゃん」

あの顔は、笑ってない。

あくまで笑顔を“貼り付けた”だけの顔だ。



「みんなの王子サマに何の用かな?」

この一言で、映画のワンシーンのような雰囲気はどこかへ飛んでいった。



「そうよ! あなた誰よ」
「気安く王子に話しかけないで」


脇に逸れていた女子たちが、勢いを取り戻し始めた。



胡桃ちゃんが一瞬ひるんだ隙に、王子がその枠を飛び出した。



「どういたしまして」

王子に何かを囁かれたアキ先輩はそう、一言だけ返した。


あたしに向かって走ってくる彼は絵本から飛び出した王子サマのようだった。



ステージの隅から、光の当たる場所へと、この温かい手が連れてってくれるんだ。



「来い」

体温が急上昇するのを、全身で感じて。

走りながら、風に揺れる黒い髪を見つめた。




女の子の悲鳴が、通り過ぎる教室から飛んでくる。


脇役からシンデレラへと変身を遂げたあたしは、王子サマの力強い腕に引かれ――走った。




「早く! 魔法が解けちゃう」
「アホか……っ」

12時を知らせる鐘が鳴れば、あたしは普通の女の子に戻ってしまうの……。


今だけは……
あなたのシンデレラでいさせて。



こんな時でも、恋する乙女の妄想は、忘れちゃイケない。

女の子は、いつだってシンデレラなの。


どんな時だって、恋する気持ちは止められないの。



長い廊下を抜けて、非常階段を駆け上る。

立ち入り禁止の柵を越えればそこは……、あたしたちだけの秘密の場所。




「はぁ……っ、……はっ」

上がり過ぎた呼吸を整えるのに、息を吸うので精一杯。



「なんで、来ねぇんだよ」

「え?」

「いつもの自信はどうした」


さっきのことを言ってるんだ。



王子に一直線に駆けていく胡桃ちゃんを、あたしは教室の外で見ているしか出来なかった。





「……だって、」

そこだけが、キラキラ輝いてるように見えて。

なぜかあたしは、その中に入って行くことが出来なかった。



「アイツはオレの……」

恭一くんの言葉で“真実”を聞く時が来た。




言われなくても、分かってた。


でも、今になっても“遠い親戚”なんて言葉を期待してるおバカなあたしがいて。



「彼女、だった」


――ズキン、……。

分かっていたはずなのに、やっぱり傷付くよ。


あの子は、あたしの知らない恭一くんを知ってる。



その声でどんな風に囁いて

その唇でどんなキスして

その指でどんな風に触れて


その腕でどれくらいの強さで
抱きしめたの――?





「……」

急に、目の前が白く染まった。

気が付けば、あたしは温かい胸の中にいたんだ。



それ以上、何も話してくれない無言の彼の背中に腕を回して。


ただひたすら、体温だけを感じていた。




これから、あの子によって嵐のような日が始まる。

勝負を目の前にして、あたしは少し怖じ気付いていた。




授業の合間の休み時間が、いつもより騒がしい。



「――ねぇ、ちぇり。どっか行く?」

「教室にいたら息詰まるよ」


王子の彼女のあたしに似ている女の子が転校してきた話は、瞬く間に学校中に広まっていった。



他の学年の生徒たちが、あたしの教室と、

胡桃ちゃんがいる3組に集中して集まって来ている。




「胡桃ちゃんの方が可愛くない?」

先輩のわざとらしいひがみが、嫌に聞こえてくる。


いつもは言い返すとこだけど。


今日はいつにも増して、相手側が多すぎてそれも出来なかった。



コソコソと聞こえる嫌みに、あたしをバカにしたような下品な笑い声。


まだ1日も経っていないのに、精神的に追いつめられていった。




「大丈夫! どこに逃げたって、きっと見つかっちゃうから」

「ちぇり……」

いつも一緒にいてくれる比奈にまで、こんな顔させて。


教室の外にたまったヤジウマに、イライラが募ってく。



もう……っ!
こっちが黙ってるからって、言いように言っちゃって!


ガツンと言ってやろうと、席を立とうとした時。





――…ガタンッ!


ずっと黙っていたキナが、ついにキレた。




「グッと減ったね~」

「う~ん……、すごかった」


次の時間の休み時間には、もうほとんどヤジウマはいなくなっていた。


――…と、いうのも。




――『あんた達! 見られてるこっちの身にもなってみな!』

そう言ってキレたキナが、ドアがぶち壊れるんじゃないかって位。


……バターン!と乱暴に閉めてしまったのだ。



「キナちゃんやる~」

同じクラスの女の子たちの声。



「咲坂もあんま気にすんなよ!」

男の子たちの声が、深く心に響いた。


クラスの皆っていいなぁ。

キナと比奈だけじゃなく、あたしにも“仲間”がいたこと。


今になって気が付いたよ。




「あの話は広まってないの?」

比奈がコソッとあたしの耳に、口を近付けた。


「そうみたい」

「これもひとつの作戦みたいね」

と、キナ。


“胡桃ちゃんが王子の初カノ”
という話は、今のところ広がっていない。




その前に、あたし達の先輩たちは王子が彼女を作って来なかったのを間近で見てきた訳だから。



……あれ、?

じゃあ王子の“中学生時代”は?


恭一くんと同中だった人は、これを知っているんじゃないか。

でも事実、その話は出回っていない。



アキ先輩なら、何か知っているかもしれない。

恭一くんは、今は――自分の過去を話そうとしてくれない。


無理に聞き出す気はないし、


いつかあたしに話してくれると、信じて。


今は触れないでおこうと思った。




トイレに寄った帰り道、下の階から登ってきたアキ先輩とばったり遭遇した。



「おっ、タイミングいいね~」

いつもの笑顔でフニャリと笑う。


あたしも先輩に、恭一くんのことを聞こうと思ってたから

こんなベストなタイミングってない。



非常階段に移動したあたし達は、さっそく本題へと入った。



「と、その前に」

「胡桃ちゃんなら来てないよ」

あたしが聞きたいことを言わずとも、サラッと答えてくれる。


いつもヘラヘラチャラいように見えて相手に絶対、隙を見せない。

本当、謎の多い変な先輩だ。




「知ってるんですか?」

「モチロン」

……やっぱり。

アキ先輩と胡桃ちゃんは、今日が初対面なんかじゃなかったんだ。



「何から聞きたい?」

「全部話してくれますよね?」

生意気な口調で返すと、意味深な笑みを浮かべる。


――全部は、無理、かな。


アイツの口から話してもらわなきゃ意味が無いんだよ。


アイツはまだ、あの苦しみから抜け出せずにいる。


仮面を被った理由、女の子を寄せ付けないオーラ。


元々アイツは、そんなんじゃなかった。



アイツの“初カノ”胡桃ちゃんが関係してるんだよ。




王子の過去が今、明かされる。





  純粋に
  恋に落ちていって

  アイツに
  出来た初めての彼女


  本当のことを
  言えなかったのは

  隣で見ていることしか
  出来なかったのは


  傷付くって
  分かりきっていたから



  ── side アキ ──





中学に入って、2年生になった頃だ。

やたらと大人びた黒髪のアイツと友達になった。


瞳の色は、黒でもなく茶色程薄くもない。

ショコラ色といったところ。


肌は女みたいに白くて、いかにも女ウケがいい顔立ちだった。



「おはよ~」

「……はよ」

あの頃のアイツは、ぶっきらぼうながらもはにかんだ笑顔でクラスメイトの挨拶に答える。


今程、近寄りがたい雰囲気はなかった。


ギャアギャアうるせぇギャルみたいな奴らは除いたとして。



「今日何回目よ?」

「4回。放課後の呼び出しが2人入ってる」

「……はっ、モテ過ぎだろ」

鼻で笑ってみたが、女の子大好きなオレは正直うらやましかったりする。


自分に好意を持ってくれたのだから、相手を傷付けられないと

告白の呼び出しには、素直に応じていた。



――『ごめん、無理だから』

告白の雰囲気を敏感に感じ取ってはスパッと潔く切ってしまう今とは大違いだ。

“自分に好意がある”それが分かった瞬間牙をむくようになったのは。


あの女と、アイツに何も言ってやれなかったオレにも問題がある。