「じゃね」
「自分のキモチに素直にね」
別れ際に言われたキナの言葉が、ジワリと心に染み渡る。
あの公園に、行ってみようかな。
恭一くんと、キスした場所――。
あの場所へと、足が吸い寄せられるように向かっていく。
公園の遊具が見えてきた頃。
地面に映る長い影、キコキコと何かが揺れる音。
そっと忍ばせるように、足を踏み入れれば――誰かがブランコを揺らしてる。
逆行で真っ黒に塗りつぶされた背中か、心なしか小さい。
まるで元気のない背中に、あたしは何か違和感を感じ取った。
あれは、――ハル?
「……わっ!」
「わぁぁ……っ」
――ドスン、ガシャン!
驚かそうと背中を思い切り叩いたら……
想像以上にビックリしたらしいハルはブランコから落っこちた。
「ご、ごめん! そんなにビックリするとは思わなくて……っ」
見事な落ちっぷりに、必死で笑いを堪えながらも手を差し出す。
「笑ってんじゃねぇーよ!」
パシリとあたしの手を振り払うと砂の付いたズボンを払いながら立ち上がるハル。
「何でここに?」
「思い出してた」
ふたり並んで、ブランコに腰掛ける。
真っ赤な光で空を染め上げていた夕陽も、今は山の向こう。
「あ、……ここで?」
――この場所で恭一くんと話したのかな。
「どこがいいかって聞いたら、ここって」
あたしみたいに、ここが“特別”な場所って彼も思ってくれていたのかな。
「初恋って、……そんなに大事なモン?」
唐突なハルからの質問に、一瞬戸惑う。
「そう、……かもね」
あたしの初恋は、幼稚園の時。
あの頃から暴走グセがあったのか……好きな男の子を追いかけ回してたっけ。
「オレには分かんない」
ブランコが切なげな音を奏でる。
「好きなコが出来たら分かるよ。ハルにだって」
この、焦がれる気持ちは。
ハルだったら、ちゃんと女の子を大事に出来る。
もし、軽い気持ちで寄ってくる子がいたら、あたしが追い払ってあげる!
手を振りかざすマネをすると、ククッと笑ってくれる。
「帰ろうか」
「ああ」
ママとパパ、ココとナナが待っている家へ。
【To:空也】
あたしも直接会って
言いたいことあるから…
OKだよ!
---END---
なるべく、明るく。
元気が取り柄のあたしが、落ち込んでたら空也はきっと何かに感づく。
短い間だったけど、一緒にいたんだから。
すぐに返事が来ると思いきや。
そのまま、……何もないまま。
――数週間もの月日が過ぎてしまった。
そして再会は、突然やって来たんだ。
「ちぇりちゃん」
廊下を歩いていたあたしに、アキ先輩が声をかけた。
「話すべき日がやって来たみたいだ」
「――、え?」
「これも何かの巡り合わせだったみたいだよ」
何のことについて言っているのかさっぱり分からない。
「ちぇりちゃんに別れを告げた時のアイツの心境を話す時がね」
そう言ってアキ先輩は、あたしの手を引っ張る。
な、な……何?
時が来たって何のことなの?
一向に答えが出ないまま先を行く背中を見つめる。
「……あ、イヤ」
非常階段の先に見えるドア。
どうやら“あの場所”に向かっているみたい。
抵抗して立ち止まるあたし。
「大丈夫だから」
柔らかい笑みを浮かべるアキ先輩が、なだめるようにあたしの頭を撫でた。
――ギィィ……ッ
その先に見える、懐かしい風景。
あの頃とは確かに違う、ちょっぴり冷たい風。
赤や黄色に色付き始めた木の葉たち。
「随分と悩んでいたみたいだよ」
「恭一くん、ですか……?」
見下ろす景色から視線を外さない先輩が静かに頷く。
「もうこれ以上、傷付く姿を見たくない」
――『大切にしたかった』
――傷付く……たを、……ない。
キ ズ ツ ク ス ガ タ ヲ ミ タ ク ナ イ 。
先輩の言葉が、あの時見たあやふやな夢をほどいていって。
聞き取れなかった、夢の中の言葉が、今ならハッキリと分かる。
「結局オレじゃあ……守りきれなかった」
アイツがこう、オレに言ったんだよ。
――厄介なあのオンナをひとりで引き受けて。
ちぇりちゃんに新しい恋をしてもらう為にね。
「…きょ……っ、くん…」
胡桃ちゃんと一緒になる為にあたしをフッたんじゃない。
全ては……あたしの、為に……?
「まさかちぇりちゃん、そっちの意味でヘコんでたんじゃないよね?」
図星の言葉に、――胸がズクリと軋む。
「アイツが別れを告げた“本当”の意味をはき違えてたんデショ」
――『初カノとヨリ戻したみたいだよ』
あんな、安っぽい言葉で。
あたし、何てこと――。
「最後まで、“最低”な奴を演じようと思った」
――次の恋にアイツが100%を出せるように。
「はは……っ、アイツはそう言ったんだよ」
――アイツにどれだけ“想われてた”か、ちぇりちゃんは知らなかったでしょ?
アキ先輩の鋭い視線が、あたしの心の奥へと入り込む。
――『オレなんか忘れて、新しい恋をしろ』
夢なんかじゃ、なかった。
突き放されてもいなかった。
あたしはこんなにも……大事にされていたのに。
少しでも残ってしまった未練は、新しい恋の邪魔をするだけ。
あたしが1番、分かっていたハズなのに。
いつも彼は先回りをして、あたしを守ってくれてた。
――会いに、行かなきゃ。
今すぐ……恭一くんの元へ行かなきゃ!
「はい、すとーっぷ」
涙でぐちゃぐちゃのまま、立ち上がろうとすると、アキ先輩があたしの腕をガッチリと掴んでいた。
「な、んです、か……?」
呼吸が乱れたままのあたしに、またあの白いハンカチ。
ちゃんと洗濯して返したのに。
「鼻かんでもいいから」
場違いな程の笑顔。
なのに、心なしか掴まれた腕は、有無を言わせない強さで。
「忘れてるよね? ――あの子の存在」
そこで、急にハッとする。
そうだ、今……彼の隣はあたしの場所じゃない。
胡桃ちゃん、の――。
「大丈夫、大丈夫。うまくいけば……」
――少しでも、彼女の中に、……“あの人”が今も存在してれば。
きっと何かが変わるから。
「あ、あの人って……?」
「全ては今日の放課後、その時に分かるから」
――いい?
アイツが“自分の意志”で、ちぇりちゃんの元に戻ったのなら。
もう2度と、手を離しちゃダメだよ。
ココがイチバン、重要なんだからね?
意味深な笑みを残して、アキ先輩はドアの向こうに消えていく。
“何か”が、起きる。
それが何なのかは分からないけれど。
恭一くんの想いを知ったあたしはもう、くよくよなんてしない。
もう1度この気持ちを伝えるの。
曇り空続きだったあたしの心は、この空のように澄み切ってる。
少し伸びた髪を。
久しぶりに、ポニーテールに結びなおした。
「なんかソレ、嵐なんかよりも何かすごい事が起きそうな予感」
「あたしも」
放課後早々、3人で話してたあたし達。
「邪魔になるといけないから」
「先に帰っとくね?」
そんなふたりの背中を、教室の窓から見つめる。
ぬるくなったペットボトルの紅茶を一口流し込む。
ふと、次の瞬間。
「あ、アンタ……!」
突然、声を荒げるキナの声が耳を差す。
弾かれたように校門を見ると、なぜかそこには空也の姿が。
ど、動揺してる……?
あの誤解は、たまたまキナが撮った写真から始まったものだから。
別に、今ももう――気にしてないのに。
「あれ、イケメンくん」
比奈の声も聞こえる。
珍しくオロオロと狼狽えるキナに見かねて、大きな声を出そうとすうっと息を吸い込んだ時だった
「っ……、」
空也の大きな二重の瞳が、あたしを捉える。
嬉しそうに目を細めると、こちらに向かって手を振り始めたんだ。
カバンを乱暴に肩にかけて、急いで階段を駆け下りる。
「あ、ちぇりちゃん」
久しぶりに見る胡桃ちゃんの顔。
もちろんその隣には――。
「ふふっ、今から帰る所なの」
スルリと隣の彼に腕を巻き付け、甘い声を上げる。
恭一くんの顔が、見えない。
床に張り付いたままの視線も、剥がす勇気はなく。
「ごめん、急いでるから」
重たい足を思い切って踏み出す。
「――……」
ポケットから、琥珀の月を落としていたことも知らずに。
「空也っ!」
キナと比奈の姿がない。
気を遣ってくれたのかな――?
――『全てが分かるから』
空也が会いに来たことと、何か関係しているの――?
ハァハァと息切れするあたしに、懐かしくて、……優しい声色で。
「会いに来ちゃった」
「――、え?」
心の中で、強い風が吹き荒れた。