最初の2行を打って送ろうとした所で……、



「待った」

――いくらヘコんでるからって、こんな可愛げのないメールはダメ!


グサッと刺さる言葉をサラリと言われ、後の2行は比奈が考えてくれた。




「はぁ」

お弁当もろくに喉を通っていかない。

やっと王子に想いが伝わって、付き合ってちゅーして。


本当、これからって時なのに。




「ら、ラブラブしたいもん」

そんな独り言と共に、フルーツのタッパーの中にあたしの涙が落ちた。



恭一くんは、来てくれないし。


このままギクシャクした関係がいつまで続くんだろう。



ひと粒だった涙がふたつ、みっつと増えてって。

今じゃ粒で数え切れない程の涙が溢れた。




「……泣くなよ」

大好きな声が耳元で聞こえた瞬間……後ろからフワリと抱きしめられた。




いつだって、そう。

そうやってあたしの心をいとも簡単にさらっていって。



「来てみたら、本当に泣いてるし」

そんな優しい声色から、ギクシャクした感じは感じられなくて。


嘘泣きでもいいから、今は王子の胸でいっぱい泣きたいと思った。



「――…勝負、」

「ああ。受けんだろ?」

あたしの言葉を遮って、クスリと笑う。


「学校中の噂になってるっつの」

と、さらに続けた。


それじゃあきっと、胡桃ちゃんが自分が王子の初カノって言ったことも。



「ひとつ聞いていい?」

「なに?」

その腕に、あたしを閉じ込めたまま。



「本気で好きだった?」

胡桃ちゃんの、こと――。



「――…ああ」


自分で聞いたクセ、に。

覚悟は出来てた、クセに。

“答え”なんて、分かってたクセに。




心がぐしゃり、と押し潰される感覚。



どうか、どうか……あたしが逃げ出さないように、その温かい腕の中に閉じ込めておいて。


逃げ出したく、……なってしまうから。




「あの時はな」

――でも今は……アイツの存在が怖い。


好きとか嫌い以前に、その感情しかない。



あの頃には、戻れない。

二度と。



心をズタズタに引き裂かれて、捨てられる思いを、彼は1度経験してる。




「守ってよ、オレを」

抱きしめる腕の強さが、その想いに拍車をかけるように。


大きくて、たくましいと思ってた背中は

本当は小さくて頼りなくて、誰にも分からない所で震えていたことに。


あたしはやっと、気付いたんだ。




――守ってよ、オレを。


守ってあげたい。

でも、ダメなの。


それじゃあ王子の為にならないことを知ってるから。

逃げてちゃ、ダメだから。



――それを、伝える前に。



「ラブラブしたいって?」

「え、?」

さっきあたしが言った言葉は、きっと筒抜けだったんだ。



イジワルな声が、耳を掠める。


ついさっきまでの、弱気な彼を感じさせない声。



細長い指が顎に降りてきたと思ったら、強引に後ろを向かされて。



「…んん……っ」

微かに冷たい唇が、押しつけられた。





王子らしくない、身勝手で強引なキス。



「ん……」

だけどそれは一瞬で、優しいキスへと変わる。


王子の背中に腕をしっかりと回して、あたしはそのキスを目をつぶって感じてた。



「恭一……く…ん」

途切れ途切れに、彼の名を呼びながら。



あたしから、離れちゃヤだよ?


そんな言葉さえ紡がせてもらえないキスだった……。




「大分減ったね」

――勝負を受けた日から、数日。


いつもの休み時間。

嘘のように激減したヤジウマを見ながら、キナがポツリと呟く。


あれから胡桃ちゃんは目立った行動をしていない。

恭一くんから拒絶されたのが相当効いたのか。



――『もう二度とオレの前に現れんな』

背筋が凍るような、驚く程冷たい顔で彼はそう言い放った。



あたしにみたいに、

ちょっとやそっとじゃへこたれない胡桃ちゃんでも、これは相当なダメージをくらったハズ。


今まで教室へと押し掛けてくる彼女を、散々スルーしていたツケが爆発したのか。



それはそれはすごかった……。



その点、あたしは毎日じゃないけど一緒にお昼は食べてるし

帰りもふたりで帰ることが多い。


胡桃ちゃんがこの学校に転校してくる以前の彼ではなくなってしまったけど。

いろんな表情を、またあたしが取り戻せたらって思ってたから。




「あ、メール」

――もちろん胡桃ちゃんとアドは交換済みな訳で。


こうして彼女は、ちまちまと勝負を仕掛けてくる。




【From:くるみ】

今日はふたりで帰らない?

あたしおいしい
オープンカフェ知ってるんだぁ♪

ちぇりちゃんの
名前と同じお店だよ!



---END---





「へぇ~」
「そんなのあるんだ」

……あたしより先に、食い付いたふたり。


あたしの名前と同じ――?


もしかしたら、あたしをおびき寄せる罠かも知れない。


でもちょっぴり運命を感じてしまったあたしは、OKの返事を返してしまう。


ってか、売られた喧嘩は買わないと。



もしなんか危なくなったら、いつでもメールしてって。

アキ先輩も言ってくれたし。



これが胡桃ちゃんの作戦の序章に過ぎなかったこと。

あたしがまんまとそれにハマってしまったこと。



アキ先輩が話してくれた、あのカフェ。

あのカフェの名前を知らなかったことに、あたしは後悔することになる。



ターゲットは、恭一くんではなくあたし。

何でそれに、気付けなかったんだろう。



この勝負は、どれだけ自分が王子にアピール出来るのか。


最後は、王子に選んでもらうんだからそこが焦点だと思ってた。



王子に相手にされない以前の問題を抱えた彼女。

恭一くん自身の黒色なオーラに増して、アキ先輩と女の子達の鉄壁のガードに。



――トドメの一言。



最初から、彼女は分かっていたんだ。

今さらどうやっても、彼の心は手に入らないことを。





……だとしたら、彼女の目的は、





“あたしに彼をあきらめさせる”こと。



深く考えれば、この答えを導き出せてたハズなのに。


気が付けば、もう彼女の罠。




もがいても、もがいても……


泥沼にハマっていくだけなんだ。




「こっちはね、あたしが通ってた中学の方なんだ」

電車に乗り込んだあたし達。


見慣れない景色を見つめるあたしの隣で、胡桃ちゃんがポツリと呟く。


「そうなんだ」

そんな返事しか出来ないでいるあたしを、チラリと目配せをして苦笑いで返した。



電車を降りると、知らない街。



この街を、恭一くんは彼女と歩いたんだね。


胡桃ちゃんの“彼氏”として。


デートとかも、したんだよね。


妙にズキズキと痛む心を抱えながら、彼女の後に続いた。




「懐かしいっ!」

ここ、よくふたりでカラオケ行ったんだ。

可愛らしい笑顔を振りまく彼女はあたしにとっては悪魔に見える。


きっと、みんなこの笑顔に騙されるんだろうな。

チラチラと彼女に注がれる、男の子の視線を感じながらそう思う。




「ここ、ここ!」

胡桃ちゃんが指差したのは……、

【Red Cherry】という看板がぶら下がっている、可愛らしいカフェだった。





「可愛い……お店」

――本当に、あたしと同じ名前。


2階のオープンテラスもそうだけど、赤×白のギンガムチェックに統一されていて。


いかにも女の子らしい、可愛らしいお店だった。





「どうする、どうする~?」
「え~? どうしよう?」


おいしそうなデザートがぎっしり並べられたメニューを渡され、

気が付けば胡桃ちゃんのペース。



「あたしは、チェリーパイで」

平然を装って、どうにかそのペースから逃れた。





「ふふっ、さくらんぼ好きなんだ?」

「ま、まぁね」

そんな笑顔見せても、あたしは騙されないんだから!



運ばれてきたケーキをつつきながら、胡桃ちゃんが勝負に出た。



「実はここ、ね」
「恭くんに告られた場所なんだぁ~」


「あはっ、一本取られちゃった」

なんとなく、感づいていた言葉をあたしが代弁してあげた。


――……さくらんぼが口の中で、もぎゅもぎゅと潰れていくのを感じながら。


フォークの先を天井に向けて、嫌みっぽく返す。


それは予想してなかったみたいで胡桃ちゃんが呆れて笑う。



「嬉しかった、な……」

季節の生フルーツのジュレをスプーンですくいながら、ため息をひとつ。



――何が嬉しかった、よ。


あんたには苦情だっけ?

あ、九条ねぎの方か。


“九条先輩”
って本命がいたんでしょうが!



奥歯に潜むさくらんぼを、んくっと飲み込む。



「本気で好きになりかけた時も、……あった」

――彼女の本性が、徐々に漏れ出す。