朗世の鋭い叱咤に、彼は身体の傾いだ扶慶の胸倉を掴んだ右手を離す。床に横倒しになっている椅子を元通りに立てて座りなおした。

 それでもこの上なく険しい顔をして、卓に突っ伏した頭を睨み付ける。

「……下衆が!!」

「私もこの男は殺しても良いと思いますが、もう少しだけ生かしておきましょう。そうすれば、無様な間抜け顔を見れますよ」

 淡々と進言しながら、手際よく彼は主に鞄より出した書類を渡した。

「あ、あの……」

 おずおずと話しかける榮葉の目の前で、碩有は動かない扶慶の右手を取った。人差し指を掴むと、卓に同じく朗世が置いた朱印台にそれを当てる。更に逆の手に持った書類に塗料の付いた指を押し付けた。

「……これでもう、こいつに用はない」

 指を布で丁寧に拭い綺麗にすると、拇印の付いた書類を朗世は鞄にしまった。

 碩有は椅子の背に身体を倒し、改めて榮葉に顔を向ける。薄く笑った。

「気にするには及ばない。酒に薬を仕込んで眠らせただけだ。……まあ明日の朝まで殴っても起きないだろうが……久しぶりだな、榮葉」

 彼女はその言葉を聞くなり、いきなり地に跪いた。

「榮葉?」

「申し訳、ございませんっ……!」

 唐突な展開に彼がすぐには動けないでいると、「外で見張っております」と朗世が部屋から出て行った。

 二人きりになったのを確認して、碩有は榮葉の肩に手を掛け頭を上げさせる。

「一体、何があった? 何故、扶慶の処になど」