「おお。もし良ければ何なりとご希望をお伺い致しますぞ。肴でも女でも、卓に揃えて見せましょう」

 では一つだけ──と、彼は工場の方を仰ぎ見てから微笑んだ。

「紡績工場で見た娘を呼んでもらえますか。私の知己でしてね……」

「もしやそれは、榮葉という娘ではございませんか?」

 榮葉、と扶慶の口から言葉が出た瞬間、彼の端整な顔を嫌悪の表情がよぎった。

「ご存知ですか?」

 確かに榮葉はこの町の娘。長が知らぬはずもないが、この男の口から名を聞くと、ひどく嫌な予感がしてしまう。

 扶慶は好色でも有名だ。しかも、聞いた限り若い娘ばかりを好むという。

「ええ勿論ですよ。あれはこの辺りでは一番の器量佳しですからな」

「風の噂に、結婚が決まって余所の町に移ると聞きましたが。まだ桐にいたのですね」

 扶慶は記憶を辿る様に、目を宙に這わせた。

「ああ、そう言えばそんな話もありましたな。──残念ながら、破談になりましてね。今は縁あって、私が屋敷に引き取っております」

※※※※

 桐の正区の中心部にある扶慶の屋敷は、それだけを見れば大層豪華なものだった。

 公邸であるにも関わらず、贅を尽くした佇まいは寂れた他の住宅街とは全く趣を異にしている。故に遠目にはひどく浮いて見えた。