「そうでしょうとも、夫婦とは言っても形ばかりのもの。隠し事の一つや二つあってもおかしくはないでしょうね。もう一年経つのです。義理は果たしたのではないですか?」

 碩有は傷ついた様な顔をした。

「翠玉、貴女は誤解しているのだ。私はそんな」

「何がです? 最初に貴方は仰ったわ。『思う方がいるのなら、それなりの方法がある』と。私の事など構わず、そちらに行かれたら宜しいのです──見えない場所で仲良くされるには、一向に構いませんもの」

 怒りは嘘を次々と呼び寄せた。どうせ叶わないのなら、目に付かない場所で幸せになって欲しい。

「翠玉!」

 僅かに翠玉の身体が跳ねた。

「本当に──そんな風に思っているのですか」

 場違いな位穏やかな声だった。

 いつもの様に並んで座っていた為、伸ばされた手が彼女の華奢な肩を掴むのにそう時間はかからない。

「せ……碩有……様……?」

「私が」

 視線は熱をはらんで見る者を射抜き、翠玉は自分が夫の逆鱗に触れてしまったのをようやく悟った。

「どれだけ先に心を掴もうとしても、貴女はそんな風にしか私を見てくれないのですね」