不意に。



モクモクとたつ煙の向こうに、うっすらと黒髪が見えた。
あの立ち方。服。優雅な手つき。




蓮だ。




急に、胸が苦しくなる。きゅうぅぅって…。
この気持ちは、何?

パチ、と黒曜石のような瞳と目が合った。
ピクリと跳ねた肩。高鳴る鼓動。どうしよ、頭の中真っ白。
「真央さん!小百合さん!お肉無くなっちゃいますよー!」


ドキッ…

その一声で察した。


蓮は、気を使ってくれてる。
私が混乱してるのとか、どうしていいのか分からなくなってるのとか……

蓮は全部、お見通し。

「あら大変!真央ちゃん!急ぐわよ!」

ダッと走り出したママ。私は、その背中を見つめていた。





蓮は、優しいよ。


胸に広がる、ポカポカしたもの。

魔王のくせに、優しいよ…。


本当は、私よりも怖くて怖くてたまらないはずなのに。
今までの関係が崩れるのが、私に拒絶されるのが、怖くて、仕方ないはずなのに………。







網の近くで、いつもの表情で立っている蓮。近づいてきた私を見て、優しく微笑んだ。

「ほら、丁度食べ頃ですよ」

そう言って、網からトングでお肉を取り、お皿に移してくれる。
はい、と渡されたお皿を受け取りながら、私は蓮を見つめた。
「蓮」

「はい」



恋愛素人な私に、
気を使ってくれて



混乱してる私に、
ゆっくり待つって言ってくれて


こんな私を、

好きって言ってくれて……


「ありがとう」










蓮は私を見て、柔らかく、柔らかく、微笑んだ。