「そんなに擦らなくてもいいじゃない。」

笑いながら彼女は仁王立ちにたってこう続けた。

「大体、君がいけないんだよ。」

「はぁ?なんで?」

「だって三十分も遅刻するんだもん。もう来ないかと思った。」

「だって約束なんかしてないだろ?」

「なんで?」

「なんでって・・・」

僕は呆気に取られて彼女を見た。

「だって、たまたま早く起きた君が、たまたまこんな可愛い女の子に出会って、その可愛い女の子が、明日も来るの?って聞いたんだよ?」

『可愛い』を強調しながら訳の分からない説明を始めた彼女に(しかもちょっと怒ってるし)もはや言い返す気もなくなって、僕は笑ってしまった。

「ありがと。」

「何が?」

 今度は目を丸くしてキョトンとしている。

「いや、要するに来るか来ないか分からない俺を待っててくれたんだろ?」

あ、今度は箱フグみたいに膨れている。表情がコロコロ変わるとはこのことだな。

「ねぇ、修一って大学生でしょ?」

彼女は僕の問いには答えずに大きく話を変えた。いきなり名前を呼ばれた僕は、少し戸惑ってしまう。

「あ、うん。君は?」

「君って誰よ。」

「誰って・・・」

「私には杏子っていう立派な名前があるんですけど?」

「あのねぇ、いつもそうやっていちいち突っかかるような言い方してるの?嫌われるよ?」

「いいの。私、学校行ってないし」

「あ、じゃぁ働いてるの?」

「もぅ、頭固いなぁ。学生かOLかしかないわけ?」

僕は大きな溜息をついた。

「お前ってほんと可愛くないな」

「うるさいっ。それより、もうすぐ八時だけどいいの?」

「ん?何が?」

「大学。」

「あぁ。今は夏休みなんだよ。」

「そっか、夏休み。」

「あ、でも俺なんかさぼってばっかりだから、毎日夏休みみたいなもんだけどね。」

「なにそれっ。勉強しなさいよっ。」

杏子はクスクスと笑いながらこう言ったのだ。

「お腹すいた。」