次の日、僕が目を覚ますと彼女の姿がなかった。

「杏子?」

僕は不安になって、慌てて起き上がった。

「ここにいるよ」。

小さな台所からひょこっと現れた杏子を見てほっとした僕は、おいでおいでをして杏子を呼んだ。

「大丈夫。もう勝手にいなくならないから。」
杏子はストンと僕の両足の間に腰を降ろした。僕は杏子を後ろから抱き締めて、額を背中にくっ付けた。

「俺がさ。」

「ん?」

「俺がここに居られるのって、あとどれくらいなのかな。」

杏子は僕の質問を予期していたかのように優しく話し出した。

「何日って具体的には言えない・・・ってゆうか、それは私にも分からないんだけど。でも、長く居れば居るほど、現実の世界に戻りずらくなる。」

「うん。」

「なんていうのかな・・・ここでの時間の流れって、現実の世界より速いのね?大体ここでの三日が現実の世界では一日になる。だけど、やっぱり長くいるほど、現実の世界への未練とか意思が弱くなっちゃうんだよね。だからなるべく早いほうがいい。」

「・・・そっか。」

「でも、その時が来たら自然と分かるみたい。だからちゃんとさよならは言えるね。」

僕はまた溢れそうになる涙を必死に堪えた。

「あのさ。」

「うん?」

「これからずっと・・・俺が向こうに戻るまでの間ずっと、杏子と一緒に過すってゆうのは無理なのかな?」

「・・・うん。それは大丈夫なんだけど・・・。」

「だけど?」

「これだけは絶対約束して欲しい。生きたいって毎日強く思うの。お父さんや、お母さん、お兄さん・・・大切な人を思い描いて、会いたい、生きたいって毎日毎日強く思う事。そして、決して私には揺らがない事。それだけは約束して。」

「・・・わかった。」

そして、僕らはもう一つ約束をした。

(決して泣かないこと。いつも笑っていること。最後の最後まで。)