しばらくの間、お互い何も話さずに僕はひたすらコーヒーを飲んでいたし、杏子はずっとカップを手にしたまま俯いていた。
 やがて杏子は咳払いを一つすると、口をゆっくり開いた。

「・・・ごめん。」

その瞬間、僕の我慢は限界になった。

「ごめんってなんだよ。そんなことで俺が納得できると思ってんの?ちゃんと話せよ。なんでだよ・・・な
んで・・・」

最後まで声にならなかった。悔しかった。本当は杏子が戻ってきたら、謝ってくれたら、笑って許そうって思ってたのに、そんなの全然無理だ。そんな小さい自分にも腹が立って、余計にイライラしてしまう。

「ごめん。ちゃんと話すから。」

彼女はそっと僕の手に触れた。

「あのね、私がこれから話すこと、信じられないような事だと思う。だけど本当だから・・・本当の事だから、信じて欲しい。」

そう前置きした彼女の口から語られたのは、当然には考えられないことだった。

「私たちがいる世界・・・ね?この世界って現実じゃないの。修一が良く見る事故の夢があるって言ってたでしょ?実は、それには意味があってね?修一は現実の世界で、実際にその事故にあってるの。それで・・・良く言うでしょ?そう言う事故に会って死と生の狭間にいるとか。今、修一はその状態なの。夢を頻繁に見ていた時は修一の魂が現実の世界にちょっと近づいてる時。反対にあまり見ないときはこっちの世界に近いときなんだ。」

のっけから意味が分からない。僕は相槌も打てず、ただ杏子の口から出てくる言葉を、流れてくる音の様に聞いていた。そんな僕の反応を予想していたように、彼女は話を続けた。

「それでね?その事故、実は私も合ってるの。友達とバスに・・・。」

恐いことに何となくその映像が思い出されてきた。僕はサークルの仲間、男四人で海水浴に行く為にバスに乗っていた。僕らは一番後ろの席で、じゃんけんで勝った僕は窓際の席をゲットし、みんなでトランプをしていた。確かその前の席には・・・女の子が2人乗っていた。

「バスがカーブを曲がろうとした時だった。向かいから来た乗用車が、路上にいた鳥を避けようとしてハンドルを切ったんだけど、そのままカーブを曲り切れないで、バスの後部にぶつかってしまった。」