彼女は、温まりかけているミネラルウォーターを持って突っ立っている僕に気づくと、退屈そうな視線をそのまま僕に向けて、

「座る?」

と言った。思ったよりハスキーな声だ。僕は何もいわず頷くと彼女の隣に座った。もちろん二人の間にはもう一人座れるほどの間があったけれど。
 しばらく沈黙が続いた。彼女は相変わらず退屈そうに本を読んでいたし、僕はもう温まったミネラルウォーターをベンチに置いて、鳩が散歩しているのを眺めていた。まだ早いのに日差しはもうジリジリと音を立て、相変わらず蝉は精一杯鳴き続けている。

「私、杏子。あなたは?」

一瞬全ての音が無になった。

「え?」

僕は直ぐに言葉の意味を理解できずにいた。

「だから名前。君の名前は?」

「あ、あぁ。俺は修一。北沢修一。」

「ふぅん。」

そう言うと、彼女はまた本に目を戻した。

「あ、あのさ、俺いつもここ来てるんだけど、君も良く来るの?」

彼女はパタンと本を閉じると、溜息混じりに

「まぁね。」

とだけ答えた。どうして可愛い子っていうのはこう愛想がないんだ。どうせ黙っていてもちやほやされる事に慣れているんだろう。

「じゃぁ、俺行くわ。」

素っ気無い彼女の態度にムカついて、僕はベンチを立った。公園を出ようとすると、後ろから彼女の声が追かけてきた。

「ねぇ、明日も来るの?」

振り返ると、彼女は立ち上がって手をメガホンの様に口に当てている。その姿が可笑しくて僕は思わず吹き出しそうになる。

「いや、今日はたまたま早く起きただけだから。いつもはもっと遅いんだ。」

この時、彼女の顔に寂しそうな影が映ったように見えたのは、単なる僕の思い上がりだったのだろうか・・・。