赤いランプがくるくると休む間も無く回っている。

「誰か助けて!」

「そこ通してくれ!」

「タンカーが通るぞ!どけ!」

狂ったような女性の悲鳴、子供の泣き声、男達の怒鳴り声、慌ただしい足音、重なる蝉の鳴き声。耳に入る音全てが、まるで悪魔の心を持つかのように僕を刺激する。

「頼むから・・・頼むからもう少し静かにしてくれ・・・。」

僕の声は回りの騒音に掻き消された。体が焼けるように熱い。行き場を失った言葉は、僕の頭の中で何度も反復され、そして消えて行った。

 目を覚ました僕が横たわっていたのは真っ白な病院のベッドではなく、端の折れた漫画やよれよれのしわになった服に占拠された僕のベッドの上だった。文字通り滝のような汗をまとった体は、心臓の動きに合わせてまだ激しく上下していた。この夢を見るのはもう何回目になるだろう。溜息をついて、搾れるほどの汗が染み込んだTシャツを脱ぎ捨てると、ドサッと鈍い音が床に響き、僕を一層不快にさせた。ベッドの下に転がっている時計を拾い上げると、針は四時五七分を指している。僕はもう一度深い溜息をついて息を整えると、重いTシャツを拾い上げてシャワールームへと向かった。
 
 自己紹介が遅れてしまった。僕、北沢修一はD大法学部の二年生。去年、一人暮らしをしていた兄貴が大学を卒業して実家に戻って来てから、僕がこのマンションを使っている。といっても実家とそのマンションはそれほど離れているわけでもなく、一時間あれば電車で行き来できる距離だ。高校を卒業する時、兄貴がどうしても一人暮らしがしたくて、その代わり両親が出したのが『D大合格』という条件だった。D大は世間で言う中の中程度の大学だが、お世辞にも成績が良いとは言えない兄貴がすっごくすっごく頑張れば入れるかどうかの際どいレベルだった。その頃の兄貴は、僕から見ても本当に勉強していたと思う。きっとこの先、あれほど真剣に勉強に打ち込む兄貴を見ることはないだろう。特にやりたい事も無く、成績も真ん中ぐらいの僕がD大に決めたのも、兄貴のマンションをそのまま使わせてもらおうという下心だけだった。兄貴はその後無事に四年で大学を卒業し、一応上場会社にも就職が決まって実家に戻っている。そんなわけで、僕は今一人暮らし二回目の夏を迎えている。