戦場はまさに地獄だった。

昨日まで、仲良く話していた奴達が、血塗れで隣に倒れている。


君と僕のように、愛し合った人が居ると言っていた。


お揃いだと言っていたペンダントを握り締めて、彼の心臓は止まっていた。



明日は、彼の位置に僕が居るかもしれない。


僕が君との写真を握り締めて、呼吸が止まるかもしれない。

死んで……しまうかもしれない。




会いたい。
死にたくない。
君を一人で置いていくだなんて、嫌だ。
恐い。
死ぬのが恐い。



僕は臆病者だ……――



敵が迫ってきていると言われた。
皆は銃を片手に、敵に向かってきた。


僕は……

銃を握り締めて動けなかった。


断末魔の声が響く。

敵に向かっていた者の声だ。


恐怖で体が震える。
足が鉛のように動かない。



銃声が響く……――



逃げなきゃ!



僕は恐怖に負けた。
進む先には死体の山。

見知った人もちらほら居た。
強くて厳しかった教官もその中に居た。


「ゔわ゙ぁぁぁぁぁあああああ゙!!!!」




果たして僕は、生きていて良い存在なのかな?



見開いたまま、痛みに苦しむ教官の目を閉じさせた。


安らかに……。



僕が死体の山から立ち上がった時だった。


――バンッ


聞き慣れてしまった銃声が近くで響いた。


胸に入れていた君と撮った写真。

穴が空いてしまった。

君の顔に、穴が空いてしまった。

背中から撃たれた僕の胸を貫通して、君の顔に……――



あれ?

君ってどんな顔だっけ……?


あれ?

君って誰……?








――……気が付くと、僕は古ぼけた病院の布団で寝ていた。








僕を心配そうに見つめる人達。


……誰?



「大変だったわね……。本当に、よく生きて帰ってッ」


目の前の女性は、歓喜あまって涙を流していた。
誰……?


「娘との写真をまだ持っていたなんてな。本当に無事で良かった。きっと、あいつも喜んですぐに来るさ。」


娘?
写真?
無事?
喜ぶ?

……誰が?



わからない。
わからないよ。



勢いよく、病室の扉が開かれた。

そこには、着物を乱して息をきらす女の人が居た。


手を口に当て、喜んだように驚いていた。


そして、泣いていた。






「い、生きてッ……」


地面に手を付け、僕を見上げる。


僕は微笑んだ。


君を見て微笑んだ。
そして、すぐに窓の向こうを見た。



「―――ッ!!」


彼女の、言葉にならない声を聞いた。

振り向くと、彼女の喜びに満ちていた瞳は、失意に染まっていた。



ズキンッ



何故だろう……。



胸が苦しい。
痛い。


傷口なんかより、ずっと痛い。






僕は無事に退院できて、彼女と共に住むことになった。

僕が出兵する前は一緒に住んでいたらしい。



彼女はよく笑った。
僕との思い出を話して、穏やかに笑った。


けれど、僕が探しているのは彼女じゃない。


僕は、穴の空いた写真を見た。
彼女と見比べて、でも彼女のようで彼女じゃない。

髪型が違う。
服装が違う。
写真の僕は、愛しそうに写真の彼女を見て微笑んでいる。

今の僕は、隣に居る彼女に微笑めない。




違う。








写真の風景と同じ薔薇の園。

彼女は微笑みながらそっと、棘を削いだ薔薇を僕の膝に乗せた。


何をしろ、と?


わからない。


僕は薔薇の花を揉み砕いた。
バラバラに千切れ、膝に散らばる赤い花びら。


血のよう……。


それを驚いたように見る彼女。
悲しみが見えた。


「なんてことを……ッ」


だって、何をしたら良いのかわからない。

でも、彼女の泣き顔は見たくなくて、僕は粉々になった花びらをかき集めて、彼女の手のひらに乗せた。


そして、僕が笑うと、彼女は一瞬驚いて、困ったように笑った。




この頃、彼女の様子がおかしい。

前はよく笑っていたのに、薔薇を見ても笑わない。

いつも難しそうな顔をしている。



僕は、君の笑顔が見たい。



そして、彼女はこの頃咳き込む。
風邪かなと思っていたけれど、一向に良くならない。



そんなある日だった。


僕は珍しく一人で薔薇を見ていた。
いつもは彼女が常に傍に居て、一緒に見ていたから。



庭にまで響く電話の音。
彼女が居ないから、他に出る人も居ない。

僕は少し急ぎながら、受話器を上げた。



「……もしもし」