「ねぇ、有志。あたしが思うに恋愛ってのはさ。どうやったらとかどうしたらとかじゃなくってさ、自分はどうしたいかだと思うのよね」
「どうしたいか…?」
「今回のこと、あたしはあたしがしたいことをしたの。それで全てを失うことになってしまったけれど、でも後悔はしてない。失ったけど、あたしはやっと失恋できたんだから」
由香…。
そうか…。
そうだよな。
俺はお前の…そういう強さが好きだった。
「どうしたいか…か。わかったよ、由香」
「わかったらさっさと行ってくるのね。もうここには来ないでよ」
「あぁ。…じゃあな、由香」
「ちょっと待ちなさい。一つだけ、あんたに言いたいことがあるの」
バシッと。
立ち去ろうと背を向けた俺の腕を力強く掴んで、そして言った。
「あたし、あんたのことが好きだったわ」
「俺も、お前のことが好きだった」
由香の表情が和らぎ、すっと腕を離した。
「これでようやくすっきりしたわ。じゃあね。…命清さんを泣かせるんじゃないわよ」
由香らしい、最後の一言だった。
そんなこと言われたら泣かせるわけにはいかねえな。
俺の初恋はようやく失恋という結果で終わりをむかえた。
だから俺は先に進む。
愛しい人の笑顔を見るために。
「はぁ…」
本当、俺って情けないな。
就業時間を終えて帰ったのはいいけど、どうしてもすみれちゃんのことが気になって会社に逆戻りしてしまった。
すみれちゃん。
俺が思いを寄せる相手。
新人だけど、誰よりもせっせと仕事をして、結構気が利いて、何より天真爛漫で。
すみれちゃんの笑顔を見るだけで心があったかくなるような気がして。
そんな彼女をいつの間にか好きになってる自分がいて。
でも、そんな彼女が抱えていた傷はきっと誰よりも重いもので。
昨日、歌手のニーナからそのことを聞かされて、俺は身動きが取れないでいる。
どうやってあんな傷を負った彼女を癒やせばいい?
どうやったら癒せるんだろう?
そんな傷を負いながらも笑ってみせる彼女に、俺は何も言えなくて。
会社に戻ったはいいものの…俺はどうすればいいんだろう。
てか、何しに来たんだろう…。
課長は…どうするのかな…?
すみれちゃんに思いを寄せてるのは俺だけじゃない。
俺の上司・竹中課長もそうだ。
入社したころから何かとすみれちゃんをこき使ってて。
端から見るととても楽しそうで。
あんな課長なんて見たことないくらいだった。
だから勘違いしてしまったんだ。
二人の関係を。
だけど、今日の様子じゃさすがの課長も手が出せないっぽかったしな…。
ここは俺が頑張りたいところだけど…。
…んでもどうやって…?
はぁぁー。
俺、本当へたれだなぁ。
弟のこと言えないよな。
あいつはあいつでうまくやってるみたいだし。
とりあえず会社の前で突っ立っててもしょうがない。
オフィスに上がろう。
けれど。
オフィスに着いたものの、そこはもぬけの殻だった。
あれ?
確か今日、すみれちゃん、残業するって黒崎さんが言ってたのに…。
「いないわよすみれちゃんなら」
「うわぁ!!」
く、黒崎さん!?
いつからそこに!?
「情報屋黒崎さんを甘く見ちゃいけませーん」
情報屋って…。
「そ、それで黒崎さん、すみれちゃんは…?」
「あーさっき課長が誘拐して行ったわ」
ゆ、誘拐!?
それ犯罪じゃん!!
事件だよ黒崎さん!!
なんでとめなかったの!?
「止めるわけないじゃない。そんな楽しい場面」
楽しいって!!
「ままま、芦屋くん。今回は課長に一本取られちゃったってことよ。残念、だったわね。ぶっちゃけ相手が悪いっていうか」
…わかってるよそれは。
ぶっちゃけなくても最初からわかってたんだ。
俺に分が悪いってことくらい。
だけど…だけど…好きになっちゃったんだよ…。
「そうね。恋愛は自由だわ。…ま、一杯くらいは付き合ってもいいわよ。思いの丈くらい聞いてあげるわよ」
「うん…。ありがとう黒崎さん」
その後、一杯どころか3軒ハシゴするハメになってしまったけど。
黒崎さんに色々聞いてもらって叱咤激励されて、少しは心が軽くなった気がする。
ちなみに蛇足だけど、酒癖は俺も悪い方だと自覚してたけど、黒崎さんも相当なものだった。
今度飲む時は2軒目で猛ダッシュして帰ろう…。
「ちょちょちょっとー!!!課長!?どこ行くんですかー!?てゆーかこれ誘拐ですよー!!」
「うるさいつるぺた。黙って乗ってろ」
おいーっ!!
まんま犯罪者のセリフじゃんそれ!!
事の発端は1時間前。
私はせっせと残業にいそしんでいたわけだが、そこに急に課長が現れ。
「出かけるぞ。来い」
と、いきなり有無を言わさず車に乗せられ今に至る。