愛してるの言葉だけで。




「離せよ…」



でも……


「新井くんも出てよ」


「…んだよ……俺にかまうなよ!!」



新井くんは表情をいっぺんに変えて怒ったように大声を出し、私の手を振りほどいた。



あ…れ‥?



「……あ」



何で、私泣いてるの?


分からない。

別に悲しいわけじゃないのに……


ポロッ…またポロッと涙が私の頬を伝って流れていく。



どうしたんだろ…


私は壊れたように泣いていた。


……涙が止まらない。




「うっ…ふぇ…」



自分でも何で泣いてるのかも分からず、自分のことなのに他人事のように思えてくるんだ。


心と体が伴っていない。



「ちょ、泣いて…えぇっ?」



新井くんは私の突然の涙に戸惑いを隠せず、しどろもどろしていた。


新井くんに迷惑かけてる…


手で何度拭っても溢れる涙を止めることはできなかった。



「ごめん、悪かった…だから泣くな」



新井くんはそう言いながら自分のネクタイで私の涙を拭いてくれた。


私は思いがけない新井くんの行動に私は心臓が止まったような気がした。



「ありがとう…」



そう言うと新井くんが「ふっ…」と前髪を触り、顔を隠すように笑った。


びっくりしたからか涙もいつの間にか引っ込んでいた。



やっぱり新井くんは悪い人じゃないよ。







私の気持ちがすっかり落ち着いた頃、私と新井くんは屋上のフェンスに寄りかかって気まずい空気にたえていた。


そんな空気を破ったのは新井くんだった。



「さっきは、悪かった。お前は…その……似てんだよ」


「…誰に?」


「元カノに…」



新井くんの…元カノ?


嫌な緊張感が私を支配していた。



「顔だけじゃなくて、弱気な性格のくせに人を放っておけないところとか…涙脆いところとか、仕草も全部似てるんだよ」



新井くんは寂しそうな瞳で空を見つめながら言った。


それで何となくわかった。


その新井くんの元カノは、もうこの世にいないことが……


そして、新井くんはまだその元カノのことを想っている。





【新井圭SIDE】



俺は、あり得ない光景にまばたきを何回も繰り返した。


俺の目の前に、いるはずのない人がいた。



……洋子。



死んだはずなのに、どうして…


でも、ようく見ると少し違った。瓜二つだけど、少し違う。



洋子にそっくりなその女の子は、クラス表の前で困ったようにおどおどしていた。



…邪魔なら邪魔だって言えよ。



「お前らさ、邪魔になってることに気づかないわけ? 自分のクラス確かめたら、さっさと自分のクラスに行けよ」



俺は洋子にそっくりな女の子の前にいる馬鹿なやつらに言ってやった。


ぞろぞろと去っていくやつらをしり目に熱い視線に気づいた。



──ドキッ!



その胸の鼓動の理由、それは洋子にそっくりな女の子が俺を見ていたから……



「言いたいことは自分で言えよ」



そう言うと、その女の子は目線を下にやり落ち込んでしまった。







この言葉に、その仕草……


俺は洋子と初めて話した日のことを思い出した。



─────
─────────



中学二年になりたての時、俺の隣の席が洋子だった。

洋子の席周辺に女子グループ4、5人が居て、洋子が席に座れなくて困っていたんだ。



気の弱い女だな。

それが洋子の第一印象だった。



「言いたいことは自分で言えよ」



俺がポツリ呟くと洋子は視線を下にやり落ち込んでしまった。



俺は「はぁー」とため息を吐き、


「おい、邪魔になってるぞ…」


と、洋子の席周辺にたまっていた女子に言い捨てた。


俺の言葉で女子達は洋子の存在に気づき急いで退散して行った。



「新井くん、ありがとう」


「いや、別に…」



俺は柄にもなく照れた。


なんなんだ…


その日から俺は洋子はよく話すようになって距離が短くなっていった。






純粋で素直な優しい洋子を好きになるのに、そんなに時間はかからなかった。


それは洋子も同じだったようだ。



─────
────────


「…洋子?」


「ん?」


「俺ら、付き合わね?」


「……うん」



洋子と出会って3ヶ月が経った、ある夏の日のことだった。


俺は中学生になった頃に、親の離婚や大好きなおばあちゃんの死…いろんなことが重なって道を踏み外してしまった。


でも、洋子と出会ってから不良連中とつるむのを極力やめた。


元に戻ろうと喧嘩も暴力も悪さも全部きっぱりとやめた。


そして、洋子とある約束をした。



「圭!うちらも受験生になったね」


「勉強とかマジだり…」


「えー、勉強頑張ってよ?…学校が別々になって一緒にいる時間が減るなんて嫌だ」


「わかった、わかった」



あまりに必死な洋子に俺は笑いながら了解した。


俺はそれから「勉強なんてやる価値ない」と口では言っていたけど、影で必死に勉強したんだ。






そして、俺と洋子は同じ高校を受験した。


結果は……

俺は合格、洋子は不合格だった。



そんな、俺だけ受かるなんて夢にも思っていなかった。


むしろ、俺だけ落ちてるんじゃないか不安だったから…



「そんなに落ち込むなよ!高校が違ったって俺達なら大丈夫だから」


「…うん。ごめん」



合格発表の日から洋子はずっと元気を失っていた。


俺も、そんな洋子にどう接したらいいか分からなかった。


今は一人にして、と言う洋子の気持ちを尊重して俺はしばらく洋子と距離を取った。


この俺の判断は正しかったのか、それは分からないけど…


今思うと、無理にでも傍にいれば良かったと後悔してる。


だって、あんな…





洋子が突然俺の前からいなくなった───



ある日、知らないメールアドレスからメールが届いた。


…誰だ?


メールを開いて見ると、洋子の淫らな姿の写メが何枚も送らてきていた。


…洋子…!?


拳に力が入った。



メールの最後に

「彼女、いただきました!あ、敵討ちたいんなら○○に来れば?」



どうにかなりそうだった。

気が狂いそうだった。


怒りと苛立ちと言い表せない気持ちが俺を襲った。


俺はメールに書かれた場所に走っりながら洋子に電話した。


でも、繋がらなかった。



ぜってー、殺してやる!



その思いだけを胸に走った。

ひたすらに走った。



絶対に許さねぇ!!






その後の記憶は曖昧で、洋子をあんなにしたやつらをボコボコにしたまでは覚えてるんだけど…


それから記憶が飛んで、目の前にカミソリで手首を切った血まみれの洋子の姿があったのを覚えている。


横たわっている洋子の右手にカミソリ、左手に紙切れが握りしめてあった。



【ごめんなさい。大好きだよ】



そう、ぐしゃぐしゃの紙切れに洋子の字で書いてあった。



「くっ…うっ……ごめんな…洋子…ごめん、ごめんな」



俺は、強く強く洋子を抱き締めた。


俺は、洋子を守れなかった。



最低だよ、俺。

俺が死ねば良かったのに…

どうして洋子が?



後から分かった話、洋子に乱暴したやつらは俺が前にむしゃくしゃしていて喧嘩した相手だった。


ずっと、仕返しする機会を伺っていたらしくて…


結局、俺のせいで洋子は死んだ。


俺が喧嘩なんてしてなけりゃ洋子は死なずに済んだのに……




俺が歩んで来た人生が

これから洋子が歩もうとしていた人生を

むちゃくちゃにした。