「夏希、お線香あげておいで」
お父さんとお母さんが畳の部屋からこっちへ帰って来た。
私は「うん」とうなずくと畳の部屋に向かった。
畳の部屋は、お線香のあの独特の匂いが充満していた。
私は仏壇の前にある座布団の上に座ってお線香をあげた。
──チーン…
幸信とはもう随分といっぱい話しているから、何をここで思って手を合わせればいいかわからないね。
でも、とりあえず"ごめんね"?
あと、"ありがとう"。
それと、照れくさいけど……
私を好きになってくれてありがとう。
「なにがごめんで、なにがありがとうなんだよ……」
「ゆきっ……」
「しっ!!」
私は思わず叫びそうになったところを、間一髪のところで幸信が阻止した。
私はひとまず状況を整理した。
でも、なんで幸信がここに?
幸信は行かないって…
「主役の俺がいなくてどうすんだよ!」
そっか…
そうだよね。
「てかお前さ、泣きすぎ」
「だってぇ……」
私は、みんなに聞こえないような小さな声で言った。
だって、みんなありがとうばっかなんだもん……
みんなありがとうばっかり言うから……
「夏希、ありがとな……」
ほら……
幸信もありがとうって。
また、泣いちゃうじゃんかぁ…
本当、幸信の言う通りだ。
泣きすぎだね、私。
「泣くな…」
幸信は私にゆっくり近づき、私の額にキスを落とした。
きっと、幸信の温もりは心地良いんだろうなって思う。
もちろん、そんなことはわからない。
幸信が生きていたらどんなに幸せだろう…
だけど、そんなことはもう言わない。
だって、幸信の命と引き換えで私は生きているんだから……
そんな贅沢を言ったらきっとバチが当たる。
「好きだよ、夏希……」
「ありがとう」
私に幸信は恋をしてくれた。
私を好きだと言ってくれる。
私の傍にいてくれる。
それが、一番のありがとうだよ。
第八章:永久の友情
私達の友情は
永久に続く友情だと、
私は信じてるから。
「本当に、ごめんなさい…」
私は深々と頭を下げた。
本当に嬉しかったんだけど……
だけど……
「いいよ。そんなに謝らないで?」
「ごめんね…」
私の目の前にいる聖也くんは寂しい笑顔で笑っていた。
私なんかが告白を断るなんて図々しい話だけど、私は幸信が好きだから……
「そうかぁー…でも、なんとなくそんな気してたからな」
聖也くんは遠くを見ながら言った。
その眼差しも悲しい。
わざと明るく振る舞っている聖也くんを見るのが……なんだか痛い。
聖也くんはいい人だから、私なんかよりももっといい子を好きになってほしい。
私なんかを好きになってくれてありがとう。
「俺のいない間にあいつ、夏希に……」
眉毛をピクピクさせてる幸信は、私に告白した聖也くんに怒っている様子。
なんで幸信が怒るのよ…
悪いのは聖也くんじゃなくて、
「私から離れる幸信が悪い」
幸信は言い返す言葉がないのか、しゅんとして小さくなっていた。
私はなんだかそれが可笑しくて笑った。
でも、嬉しい。
幸信が聖也くんに嫉妬してくれて……
幸信の気持ちが変わってないみたいで。
…自惚れしすぎかな?
だけど、本当に私を大切に想ってくれてるんだってわかったよ。
幸せだなぁ…
蝉がミンミン鳴いている中、私は幸信といつものように登校した。
「おはよう夏希。テスト勉強した?」
……え?
千尋ちゃん、今なんて言った?
周りを見渡す私。
机に向かって何かを書いてるみんな。
…みんな勉強してる。
今日、何日だっけ…?
「テストとか無理ですー…」
私の前の席に座っている未央ちゃんの心の叫びが聞こえてきた。
もしかして…
もしかしたら…
もしかすると…
いや、もしかしなくても…
「……今日、テスト?」
「え、そうだけど」
恐る恐る聞いた私に対して、あっさりと答えた千尋ちゃん。
うそ…
うわー、全然勉強してない。
今、教室で勉強をしていないのは私と千尋ちゃんと新井くんだけ。
みんな勉強に励んでいた。
きっと、いや絶対、みんな夏休みに補習なんて嫌なんだ。
私も絶対に嫌だ。
「どうしよ…」
「もしかして、勉強してない?」
千尋ちゃんの問いに黙ってうなずく私。
相当な精神的ダメージを受けた私は倒れるように椅子に座った。
千尋ちゃんは学年トップ5に入る天才的な頭脳の持ち主。
だから余裕なのだろう。
新井くんは……きっと、諦めているんだ。
私は……テストのことなんてすっかり忘れてしまっていた。
無神経な蝉の鳴き声と鉛筆の滑る音とみんなの心の叫び声が耳につくほど聞こえてくる。
「はじめ!」
その試験監督の先生の言葉で夏休みをかけたテストが始まった。
テスト用紙を表に向け、問題を見た瞬間に顔が青ざめた。
どうしよう…
10分で張ったヤマが見事に外れた!
急いで勉強したものの…
いまいち外れてしまった私の勘。
「しょうがない…」
そう言ったのは幸信で…
私は幸信の行動を目で追った。
幸信は委員長と千尋ちゃんの答案を見ると私の目の前に戻って来た。
「言うぞ?……」
そう言って言い出したのは千尋ちゃんと委員長の答案に書いてあった答えだった。
私は急いで幸信が言ったことを書いた。
こんなことしていいのかな?
でも、夏休みのためだ!
と心を鬼にして答えを書いていった。