そんなある日の事私は、いつものミステリーコーナーで話題の作家の本を買おうかどうかで迷っていた。

後で彼に聞いた話だと、気付かないうちに何度も手に取ったり棚に戻したりしていたらしい。

それを見かねて彼が声を掛けてきたのだ。

「その作家さんは、貴女には合わないと思いますよ」

突然の問いかけに、自分に話しかけてるのだと理解するのに少し時間が掛かった。

無視しても良かったのだと思う。

だが理解すると同時に、不躾に話し掛けられた事への小さな怒りで、つい返答してしまったのだ。

「何でですか? 貴方に私の好みは分からないでしょ?」

ムッとして返した私に彼は、いつもと変わらない顔付きで返してくる。

「いつも悩んだ後に同じ作家さんの本を買われてるようでしたから。私もあの作家さんの本は良く読むので何となくわかりますよ」

そう私は、いつも悩んだ挙げ句に同じ作家の本を買っていた。

でもこの本屋に置いてある同じ作家の本は読破してしまっていた。

だから今日は、違う作家の本を買おうかと悩んでいたのだ。

私は、何か見透かされた羞恥心と反抗心から拒絶の言葉を返した。

「どうもご丁寧にありがとうございます。でもナンパならお断りですから」

これでこの会話はおしまい、そう思い、悩んでいた本を手に取りレジへと向かおうとした。