今日は、あいりちゃんと二人で王子のイラスト展へ行く日。

秋山は来ない。あいりちゃんの誘いを断るなんて、そんなに王子と会いたくないのかと思っていたら、今朝、廃品回収をしている近所の公園まで古新聞を運んでいるとき、秋山家が一同で出かけて行くのを見た。そういえば、三年前の今ごろ、山梨のおじいさんが亡くなったと二日ほど学校を休んでいたのを思い出す。秋山が理由なしに逃げることは、もうないのだ。

学園祭が終わってから、秋山には必要以上に話しかけないようにしている。あいりちゃんと三人でいるときも、できるだけ二人の邪魔はしないように口をつぐむ。身を引く準備をしているというのに、ここへきて秋山から話しかけられることが増えて参ってしまう。しきりに柔道部を気にしているから、「細身のアンタに格闘技は向かないわよ」と言ったら「そんなんじゃない」と不貞腐れていた。どういう心境の変化か知らないけれど、やってみたいなら見学でも体験入部でも勝手にすればいい。私は関係ない。


もうすっかり冬めいた空気に、去年買ったモッズコートを引っ張り出してみる。ぴったりだったはずなのに、羽織ってみると少し窮屈で落ち込む。また成長してしまった。このままだと秋山の背を追い越してしまう。もしそうなったら、「かわいくない」で済まされるのだろうか。
いや、こんな想像は意味がない。これ以上、良い思い出も悪い思い出もいらない。モッズコートを脱いで、お母さんのクローゼットからダークグレーのチェスターコートを借りた。今日の少し大人びた私を、秋山は知らない。そんなことが、これからきっと増えていく。


あいりちゃんと駅で落ち合って、一時間ほど電車に揺られるあいだ、ぽつりぽつりと話をした。

「かなで君って、絵も描けたのね」

「そうだよ。とっても上手なの」

「やっぱりお父様の影響かしら」

「うーん、どうだろう。かなでの描く絵はお父さんの絵と全然似てないけど、お父さんのいるアトリエをうらやましそうに見てることはあったから、もしかしたら影響受けてたのかなぁ」

こうして何気なく話してくれていることが、王子ファンにしてみたらとても貴重な情報なんじゃないかしら。

「かなでね、すごくがんばって描いてたの。きっと好きな人のために一生懸命だったんだと思う」

「へ、へぇ。そうなのね」

ファンのみならずマスコミにも垂涎ものの大スクープが聞こえた気がする。浮いた話のない王子の恋のお相手が、ものすごく気になりつつ、怖くて聞き流してしまった。そんなトップシークレットを抱える度量なんて、私にはない。