レストランで少し早いディナーを食べたあと、ホテルのテラスで夜のパレードを見た。
心配でたまらない丈司さんは、うっとうしがるマリアさんの側から離れない。秋山は、もちろん、あいりちゃんの隣にいる。二人で楽しそうに笑っている。
暗闇にまたたく色とりどりの電飾のきらめきが、散々すり切れた心に染みてひりつく。どうして私はこんなところにいるのだろう。
虚しさに耐えきれなくて、私はテラスから逃げ出した。
居場所が、ない。
行く当てもなくロビーに出ると、綺麗な扉を見つけた。中を覗いて察する。西洋風のお城のような造りだけれど、ここはどうやら喫煙所らしい。興味をなくしてすぐに立ち去ろうとしたところで、見覚えのある人物を見つけて足が止まった。
扉の向こうにいる、あれは駿河さんだ。
喫煙するような人だとは思っていなかったから驚いた。煙草をふかす彼は、みんなと一緒にいたときとはずいぶん印象が違う。とても美しくて、とても悪い男に見える。
見つめすぎていたのだろう、目が合ってしまった。とたんに駿河さんは元の人好きのする柔らかい表情に戻って、煙草を消して喫煙所から出てきた。
「円香ちゃん。どうしたの?」
「いえ、あの……ちょっといろんなところを見て回ろうかなと思ったら、綺麗な場所を見つけたものですから」
「ほんと、こんなところまで夢の国だよね。でもあまり近づかない方がいいよ。臭いがついちゃうから」
部屋に戻ろうとする駿河さんを、なぜだろう、私はとっさに腕を掴んで引き留めてしまった。我に返って、慌てて手を離す。
「あ、いえ、なんでも……」
「……せっかくだから、少し話そうか」
何を思ったのか駿河さんは、ホテルの中にあるバーラウンジへ私をエスコートしてくれた。
薄暗い照明の下、目の前には可愛いピンク色のノンアルコールカクテル。隣には、絶世の美男子。戸惑うなという方が無理な状況。時間も時間だから、周りには深い仲に見える男女の組み合わせしか見当たらない。
「……意外でした、煙草」
緊張して、何かしゃべろうと口に出してから、聞いてはいけないことだったかもしれないと青ざめる。喫煙所の彼の様子は、触れてはいけない感じがしたから。
でも答えはあっけらかんと返ってきた。
「体には良くないんだけどね。実はこれも仕事のうちなんだ。喫煙者ってだけで気に入ってくれる人が、世の中には一定数いるんだよ」
「しごと」
「うん。営業をしてるんだ」
「えいぎょう」
営業という仕事と、喫煙と、それで気に入られることの関連性がいまひとつ理解できない。ごめん、分かりにくいよね、と笑う駿河さんは途方もなく大人だった。
「そうだ、学校でのことを聞かせてよ。普段の円香ちゃんは、誰とどんな話してるの?」
私に合わせて話題を変えてくれる。男の人にこんな扱いを受けたことなんて今まで一度もなくて、どうしたらいいのか分からない。でも。
「普段は、あいりちゃんとおしゃべりしてます。クラスが同じなので」
「うん」
「内容はいつも他愛なくて。昨日は何を食べたとか。好きな小説の話とか」
「小説か。今の高校生には、どんなのが人気あるのかな」
尊重してもらえるって、こんなにも嬉しいことなんだ。
自然と穏やかになれる。優しくなれる。
才能にあふれた家族に囲まれて自信が持てなくても、こうして大切にされてきたから、あいりちゃんはあんなにおっとりと素直な子になれた。悪意を知らないまま、まっさらでいられたのだ、私と違って。
今まで秋山が付き合ってきた女の子と、あいりちゃんは違う。
いっそ嫌な子だったら、不幸を願えたのに。
心配でたまらない丈司さんは、うっとうしがるマリアさんの側から離れない。秋山は、もちろん、あいりちゃんの隣にいる。二人で楽しそうに笑っている。
暗闇にまたたく色とりどりの電飾のきらめきが、散々すり切れた心に染みてひりつく。どうして私はこんなところにいるのだろう。
虚しさに耐えきれなくて、私はテラスから逃げ出した。
居場所が、ない。
行く当てもなくロビーに出ると、綺麗な扉を見つけた。中を覗いて察する。西洋風のお城のような造りだけれど、ここはどうやら喫煙所らしい。興味をなくしてすぐに立ち去ろうとしたところで、見覚えのある人物を見つけて足が止まった。
扉の向こうにいる、あれは駿河さんだ。
喫煙するような人だとは思っていなかったから驚いた。煙草をふかす彼は、みんなと一緒にいたときとはずいぶん印象が違う。とても美しくて、とても悪い男に見える。
見つめすぎていたのだろう、目が合ってしまった。とたんに駿河さんは元の人好きのする柔らかい表情に戻って、煙草を消して喫煙所から出てきた。
「円香ちゃん。どうしたの?」
「いえ、あの……ちょっといろんなところを見て回ろうかなと思ったら、綺麗な場所を見つけたものですから」
「ほんと、こんなところまで夢の国だよね。でもあまり近づかない方がいいよ。臭いがついちゃうから」
部屋に戻ろうとする駿河さんを、なぜだろう、私はとっさに腕を掴んで引き留めてしまった。我に返って、慌てて手を離す。
「あ、いえ、なんでも……」
「……せっかくだから、少し話そうか」
何を思ったのか駿河さんは、ホテルの中にあるバーラウンジへ私をエスコートしてくれた。
薄暗い照明の下、目の前には可愛いピンク色のノンアルコールカクテル。隣には、絶世の美男子。戸惑うなという方が無理な状況。時間も時間だから、周りには深い仲に見える男女の組み合わせしか見当たらない。
「……意外でした、煙草」
緊張して、何かしゃべろうと口に出してから、聞いてはいけないことだったかもしれないと青ざめる。喫煙所の彼の様子は、触れてはいけない感じがしたから。
でも答えはあっけらかんと返ってきた。
「体には良くないんだけどね。実はこれも仕事のうちなんだ。喫煙者ってだけで気に入ってくれる人が、世の中には一定数いるんだよ」
「しごと」
「うん。営業をしてるんだ」
「えいぎょう」
営業という仕事と、喫煙と、それで気に入られることの関連性がいまひとつ理解できない。ごめん、分かりにくいよね、と笑う駿河さんは途方もなく大人だった。
「そうだ、学校でのことを聞かせてよ。普段の円香ちゃんは、誰とどんな話してるの?」
私に合わせて話題を変えてくれる。男の人にこんな扱いを受けたことなんて今まで一度もなくて、どうしたらいいのか分からない。でも。
「普段は、あいりちゃんとおしゃべりしてます。クラスが同じなので」
「うん」
「内容はいつも他愛なくて。昨日は何を食べたとか。好きな小説の話とか」
「小説か。今の高校生には、どんなのが人気あるのかな」
尊重してもらえるって、こんなにも嬉しいことなんだ。
自然と穏やかになれる。優しくなれる。
才能にあふれた家族に囲まれて自信が持てなくても、こうして大切にされてきたから、あいりちゃんはあんなにおっとりと素直な子になれた。悪意を知らないまま、まっさらでいられたのだ、私と違って。
今まで秋山が付き合ってきた女の子と、あいりちゃんは違う。
いっそ嫌な子だったら、不幸を願えたのに。