挨拶もそこそこに、車は走り出す。目の前で楽しそうなガールズトークが繰り広げられるなか、俺は丈司さんと後部座席に押しこめられて雰囲気がお通夜みたいだ。ひさしぶりにあいりちゃんとおしゃべりできると思ってたのに、望み虚しく、早くもこんなガチでつぶしにかかられるとは。

「遠野さんは良い子だな。話に聞いていた通り、真面目で礼儀正しく、あいりの友人に相応しい。そうは思わないか、春山君」

「あの、俺、秋山です……」

「あぁ、すまない夏山君」

「……あの……」

ついさっき自己紹介したばかりなのに、丈司さんが俺の名前をちゃんと呼んでくれない。嫌がらせがあからさますぎる。しゃべり方もヘンだし。ツッコミたいけど、相手が相手だから絶対にできない。

「どうしたんだい。言いたいことがあるならハッキリ言いたまえ、冬山君」

「はい、もう……なんでもいいです」

諦めて肩を落とすと、前の席で遠野がふき出した。人の不幸を笑うなんて趣味が悪いな。
しばらくおとなしくいびられてたら、マリアさんが止めに入ってくれた。

「丈司ー。あんまり隼君をいじめちゃダメよー」

それを聞いたあいりちゃんが、すかさずこちらへ顔を出す。

「いじめてるの？」

上目遣いのうるんだ瞳に、丈司さんはタジタジだ。

「い、いじめてないよ。俺があいりのお友達をいじめるわけないじゃないか！」

「そうだよね。丈司お兄ちゃんは優しいもんね」

手のひらで転がされてる丈司さんは想像以上のシスコンだった。あいりちゃんのことが、かわいくてかわいくてしかたないのだ。気持ちはわかる。すっごいわかる。なんだ、単純でかわいい人じゃないか。マリアさんにも尻に敷かれてるみたいだし。何を考えてるのかわかんない駿河君より、断然好感が持てる。

「何を笑ってるんだ、横山君」

「いいえ、お気になさらず」

とうとう正しい名前を呼んでもらえないまま、車は目的地へ到着した。