打ち合わせを終えて帰宅すると、駿河がひとり、リビングでテレビを見ていた。あいりはいない。あいつは最近、休日のたびに出かけている。オレにカマかけてきた、あのいけ好かない野郎と、幸薄そうな美人の友達と。

「めずらしいな、駿河がこんな時間に家にいるなんて」

「おかえり。たまには休ませてもらわないとやってられないからね」

目が合わないまま交わされる会話はさびしい。あいりが出迎えてくれることが少なくなって、駿河のすかした笑顔を見る機会も減ってきている。
駿河は、あいりがほかの男を選ぶことを受け入れた。平気な顔をして、保護者のふりをして。そのくせどんどん余裕をなくして追いつめられている。あの夜、オレが止めなかったらこの男はあいりにどこまで手を出すつもりだったのだろう。今さら焦っても、もうどうしようもないのに。

夕方のニュースは、痴情のもつれで男が女を刺殺した事件を伝えている。

「バカな男だね。殺しちゃったら、それ以上愛せないのに」

テレビに語りかけるそのつぶやきは、どこか不穏だった。

「駿河。オレは今、余裕がない。自分のことで手一杯で、人のことまで抱えきれない」

「相談事かな。また何かあった?」

ようやく駿河はテレビから目を離してオレを見た。

「いや、いろいろありすぎて参ってるけど相談じゃない。ひとつだけ確かめさせてくれ」

「なにかな」

「オレは、これからもお前を頼っていいんだよな?」

この男がオレたちを十五年以上も見守り積み重ねてきた信頼は、簡単には揺らがない。でも、崩れ落ちるときは、きっと一瞬だ。確かなものなんてないと知った今、オレは駿河の存在が恐ろしい。
どうか変わらないでいてくれ。今までのように、オレを子ども扱いして笑っていてくれ。
あいりを傷つけるようなマネだけは、しないでくれ。

「……大丈夫だよ」

駿河は立ち上がって、オレの頭をなでた。

「俺は大丈夫だから、心配しなくていい」

それはまるで自分に言い聞かせているかのような声だった。