「あいちゃんに会いたい……」

リビングの窓際、カーテンからもれる朝日に目を細め、いい男が嘆いている。着込んでいるスーツは、たぶんオーダーメイドの一級品。気合を入れすぎだろう。

「なに言ってんだよ。これから会いに行くのに」

返事はなくて、オレのツッコミは独り言にされてしまった。
今日は元旦。家族全員が実家に集まるのに乗じて、駿河はうちの親父と母さんに挨拶をしたいらしい。
オレはできれば大晦日は実家で過ごしたかったのに、仕事が立てこんで結局帰れずじまいだった。おかげで新年早々こんな面倒臭い大人に付き合う羽目になっている。

「あいりさんとお付き合いさせてください……いや、あいりさんを僕にください……」

何度も似たような台詞を繰り返しては、不安から逃げるようにあいりを恋しがっている。相変わらず所作は無駄な色気にあふれているが、いかんせん発言がこうではイケメンも形無しだ。この情けなさを今までよく隠しおおせていたものだ。特別な人間同士、なんて共感していたころの自分に説教してやりたい。オレはここまで情けなくない。

「うっとうしい!シャキッとしろ!」

脇腹に軽く一発入れてやろうとしたら、軽くかわされた。

「ご両親の承諾が得られるか否かで俺は今日、あいちゃんの正式な恋人になれるか犯罪者になるかが決まるんだ。人生の瀬戸際に立たされてるんだよ。もっと優しく励まして」

「ロリコンのクセに慈悲を請うとは図々しい」

「そのマジなトーンはやめて。俺、そんなんじゃないから」

どうだかね。腹が立つから、当たるまで拳を繰り出す。それをすべて避けながら、駿河は口で反撃してくる。

「かなでも今日、おじさんに言うんでしょ。芸大目指すって」

「あぁ、それがどうした」

「おじさんって絵のことになるとすごく怖いのに、えらく余裕だね」

「親父は仕事バカだが親バカでもあるからな。たぶん修羅場になるなら駿河のほうがひどいと思うぞ」

「うっ」

やった。綺麗にみぞおちに決まった。たいした力は入れてなかったから痛くないはずなのに、大袈裟に腹を押さえて膝をついたのは、言葉の威力が大きかったからか。
オレは思い切り見下ろしてやった。

「別にオレは怖くない。反対されたって諦める気は毛頭ないからな。今はダメでも、いつか実力で認めさせてやる」

無反応。めったに見ることのないその脳天に、さらに発破をかける。

「反対されて怖気づく程度の気持ちしかないのか。何が何でも幸せにするって覚悟もなしに、お前はあいりの人生に手を出すのか」

ようやく視線がかち合った。

「舐めてもらっちゃ困るな。世界で一番あいちゃんを愛してるのは俺だよ」

その不敵な笑み。上等だ。手を差しのべてやる。

「じゃあ、堂々と胸を張ってろ」

駿河はオレの手を取ることなく、一人で立ち上がった。
 
ずいぶん印象は変わってしまったが、この男があいりに心底惚れていることは間違いないのだ。そして、あいりも。
二人が名実ともに結ばれるまで、あともう少し。

そろそろ家を出る時間だ。


*END*