「帰りましょうか」

涙が止まって、腫れあがった目でぼんやりとしてたら、またフードを引っぱられた。今度はさっきより心なしか力が弱かった気がする。
遠野は、さっさと歩いていく。どんな顔をしてるのか、もうずっと目が合ってないからわからない。


建ち並ぶ家のあいだをぬって、無言の帰り道。
前を行く背筋の伸びた後ろ姿に、遠い昔を思い出した。いじめられて泣いてた俺の手を引いて、なぐさめてくれてた、思い出の中だけのやさしい円香ちゃん。
もしかして俺は今も、なぐさめられてるのかな。

「どうして」

遠野が俺をなぐさめる理由がわからない。

「どうして、俺に構うの」

口を開けば説教か意地悪ばかりで。

「俺のこと嫌ってるんじゃないの?」

自然とふたりの足が止まる。俺に背を向けたまま、遠野は言った。

「さぁ。どうしてかしらね」

傾き始めた太陽のオレンジの光がさして俺たちを照らす。

「嫌ってる人間につきまとうような趣味なんて、私は持ち合わせてない」

おろしたままの長い髪が北風に吹かれて舞い上がり、また背中にまっすぐ落ちた。


おかしいな。その言い方は、まるで、俺のこと。
だって、俺を最初に突き放したのは遠野だったじゃないか。がんばっていろんな人と仲良くなろうとする俺を否定して、ぜんぜん褒めてくれなくて。変わってしまった円香ちゃんが、俺は悲しかったんだ。それなのに。

俺のこと嫌いじゃなかったなら、今までの態度はなんだったの。
ほかの子と遊ぶといい顔しないで、俺の恋にいちいち口出ししてきて。
ずっとつきまとってきて。

嫉妬みたいだ、って。
いまさら気づいてしまった。

これまでのことが、走馬灯のようによみがえってくる。
ねぇ、どんな気持ちで俺のこと追いかけてきてたの。俺のひどい言葉に、なにを思ってたの。どんなふうに、俺の数えきれないニセモノの恋を見てたの。

「アンタのことなんて嫌いになってしまいたい」

これは、不器用な告白だ。
頬が燃えるように熱くなって。
感じてるのは、まぎれもない喜びだった。