続く暗闇。
つばを飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
それ以上に、心臓の音が胸板を激しく叩きつける音が響かないか心配だった。

一歩。二歩。

街灯の光も届かない奥へ向かう。
自分がやけに小さくなったように感じられ、胸の奥にある自分が押しつぶされそうになる。

携帯電話のライトをつけてみて、気休めにしかならないと知る。

──…怖い。けど、

「!」

暗闇の中で異常に敏感になった感覚が、その小さな輝きの差し込む先で何かが身じろぎするのを感じ取った。

早苗は少し先にあったドアに駆け寄る。
閂をはずし重いドアを出来る限りで早く勢いよく開いた。

「─!あんたらはッ…!」

そこにいたのは数人の女子。
クラスでいつも早苗を見てはくすくすと笑っていた連中だ。



さるぐつわをかまされた彼女たちは早苗をみるなり一斉に騒ぎ出した。

「んー!んー!!」

「嘘、でしょ…?」

早苗は愕然とした。
彼女たちには悪いが、ここにいる全員小物。

不良に手を回し尚且つ学校でも早苗を苦しめるなど彼女たちに出来るはずがない。
学校でやっていたようにターゲットを見ては馬鹿にしてくすくす笑うのがせいぜいだ。

おまけに、見つかって観念するどころか早苗に助けを求めている。

このゲームも依頼人もとい首謀者発案。
早苗に見つかって項垂れはすれど助けを求めるのはおかしい。
とにかく早苗は彼女らのさるぐつわをはずした。

「ねえ!早く縄を解いてよ!」

「嫌。あんたたちには聞きたいことがあんのよ」

その言葉にブーイングを始める女たち。
早苗はドアをガン!と叩いた。
とたんに黙る彼女たち。
早苗はイライラと戦いながら言った。

「黙って聞けよ。ちゃんと答えてくれたら縄もとるし、逃がしもする。
さっさとして欲しかったら素直に答えろ」


数分後

早苗は彼女たちを解放した。
口々に文句を言いながら立ち上がる輪のなかで、一人早苗だけは座り込んで床を見つめていた。

「里山さぁ」

顔を上げれば今解いたばかりの彼女らが早苗を囲んでいた。
これ以上、彼女たちに用はないはずだが、一体何か。

「まだ何か──」

「ごめんね」

「は?」

早苗は目を見張った。
誰かに乗じて笑っていることくらいしか出来ない彼女らが、今何を言ったのか。

「だから、ごめんねってば」

「こんなことになってるなんて知らなくってさ」

「そうそ、他校の不良がカラんでるとかビビッたし」

「こんなの、絶対にやりすぎだよね」

「あんたたち…」

早苗の目に熱いものがたまるのを感じた。

──別に、あんたらのことなんて好きでも嫌いでもないのに、何で…

「あたしたち、急いで警察とかつれてくるからさ、ソレまでがんばってね!」

それだけ言うと彼女らはそそくさといなくなった。

「おい、そこは普通手伝ってくれるとかじゃない?」

泣いて損した、と思いながら早苗は立ち上がった。

それでも、少しだけすっきりした。
これはよかったのかも知れない。

早苗は少し明るくそんなことを考えて彼女たちの行った方とは違い、その不良たちが待ち受けている入り口に足を向けた。

もうこの闇は怖くない。

早苗は、もう一度あのドアを開いた。

「おー、思ったよりも早かったな。感心感心」

「で?」

早苗が言うと岡田はん?というように眉をひそめた。

「こんな茶番用意して何がしたいのよ?」

「ちゃんと収穫はあったぜ?ほら」

そういって岡田が見せたのはビデオカメラ。
そこに写るのは工場の中へ入る早苗の顔だった。

「は?!」

「お前の怖がってる顔。なかなか面白かったぜ?あの人情ドラマみたいな仲直りも」

「ちょ、返せ!」

岡田は早苗の手をヒラリとかわした。

「ダメダメ、せっかく面白いもん撮れたんだからさ」

「面白くないッ!」

早苗はなおもビデオをとろうと手を伸ばした。




「結局、誰が主犯かもわからなかったんだろ?そんなアンタに渡す義理ねぇって」

「ざけんな!いい加減にしろっ!」

早苗は岡田に殴りかかった。
岡田は間一髪で避けるとカメラを仲間の一人に投げて渡し、反撃する。

それを合図に、周りにいたのも早苗に向かって走りだした。
そして、早苗の背後にいた一人が蹴りを入れようとしたその時

「あーもうさ、いい加減にしてくんない?何かあったら力にモノを言わせてケンカ。
バッカじゃないの?」

一同は、一斉に声のしたほうを振り返った。

後ろ手で縛られていたはずの縄を解き、さるぐつわを取り払って立ち上がる一人。
パンパンとホコリを払い落とし、腰に手を置いてだるそうにこちらをみる影は──

「…由香?」

「いい加減気づきなって。何で私ここで一人で縛られてると思ってんの?」

早苗は信じられない思いで、由香を見つめる。
おとなしくて、おしとやかだった由香が、こちらをにらんで、立ってる。

「何で?」

小さくつぶやいたソレは声が震えていた。

「ウザかったの。前から、さ」

「嘘…」

「人のこと守っていい気になっててさ、何なの?」

「そんなッ」

「だっから、アンタなんて大嫌いだったのッ!!」



力を抜いた一瞬の隙をつかれた。
早苗は足を掬われ地面に倒れ、押さえつけられた。

「くっ!はな、せ!!」

「やーだよ」

岡田がペロッと舌を出して早苗の腕をとる。
早苗が動けないのを見ると、由香は早苗のところまで歩いてきて、早苗の顔を窺う。

「私ね、自慢じゃないけど結構モテるのよ。でも近づいてくるのはロクでもないのばっかり。そういうのから守ってくれる分には早苗は最高だったよ」

早苗の頬を指でぷにぷにつつき、クスッと笑う。

「でもね、ずっと一緒にいると飽きちゃったの。早苗に。だから他の人のとこに行きたかったの」

「それで、こんなことしたっての…?」

「ううん。最初はちょっと痛い目見ればいいなぁって思っただけだよ」

抵抗して土に汚れていく早苗。
由香は街灯に青白い顔を照らされている。
そのほのかな明かりで出来る影が、不気味だ。

「私は早苗の顔と通学路を教えただけ。学校で何人かにアンタがウザいっていったらみんなすぐに私についてくれたよ?
後ね…私好きな人いたの。知ってた?」

早苗はわずかに首を振る。

──そんなこと聞いたことない、初めてだ

「知らないでしょ?教えてあげようか?」

「別に興味ないんだけ―」

「松山くんなの」

早苗の言葉を遮り由香は言った。
聞いてない、と早苗は由香を睨みつける。

「だから?」

反応の薄さに由香は首をひねる。

「分かってる?松山くん」

「知らない」

早苗が言いきったその時、どこかでズデッという音がした。

「なんだ!?」

数人が音のした方に走る。
するとすぐに誰かの慌てきった声が聞こえてきた。

「わーわー!待てって!だからッ!!」

その誰かは、不良に追い回され早苗たちの目の前に出てきて立ち止まった。

「待ててめ―ぐっ!」

追い回した不良たちは、その誰かに顔面を殴られ、フラフラと倒れた。
そして誰かは早苗の方を向いて指を突きつけ叫んだ。

「お前な!ずっと一緒にいた癖に俺の名字くらい覚えてないのかよ!!」

「あぁ、ユウジか」

「あぁ、じゃない!俺どんだけ影薄いんだ!」

涙混じりに叫ぶユウジを、なんだか冷めた目で見つめる早苗。

「ねぇ、由香?あんなのがいいの?」

早苗が呆れながら見ると、由香は既にぼーっとユウジを見つめている。

「こりゃダメだ…」

「んだな。」

早苗は同意した上の人物を見上げる。

「あんたは何で協力したのよ?」

「金もらったから」

「ロクなやつがいやしない…」

早苗は大きくため息をついて抜け出そうとした。

「いや、逃がさないし」

「チッ」

その時、由香が自分の世界から帰ってきた。
咳払いしてからやけくそに言った。

「とにかく!松山くんにベッタリしてたあんたがムカついたの!」

「え?俺関係してんの?」

「あんた聞いてたんじゃないのか!」

いやぁとユウジは頭をかく。

「名前しかピックアップ出来なくて…」

「ねぇ、松山くん。話があるの」

由香は、ユウジの手をとって真剣にユウジを見つめた。

ユウジの顔に疑問符が上がる。


――マズイッ!!

早苗は直感的に思った。
由香は既に頬を染め口を開こうとしていた。

「あのね、松山くん。私――」

「わーわー!!」

由香を遮るように早苗は奇声を上げた。
由香が舌打ちをして暗いオーラを放ち早苗を睨む。
早苗はさっきの誰かさんを真似てペロッと舌をだした。

由香は縛られていた場所からさるぐつわを持ち出し、岡田に渡す。

「ちょっと黙らせておいて」

「了解」

「うわッ!ちょっと何!」

岡田が早苗を完全に押さえつけ、細長い布を彼女の顔にまわそうとした。
しかし、その手はユウジによって阻まれた。

「ん?何すんだよ」

「そんなことする必要ない!するんだったら、俺こいつの話一切聞かないからな!」

ユウジが由香を指差して言った。

岡田は由香を見る。
由香が小さく首をふると、わかったよ、と岡田はさるぐつわを放り投げた。

それを期に早苗は言った。

「ユウジ、ダメ!聞かないで!」

「黙ってよ早苗!それじゃ約束が違うでしょ?」

由香が言うと、岡田は早苗の顔を更に地面に押し付け、喋れないようにした。