けんちゃんは私を助手席に座らせると
自分も車に乗り込み携帯を取り出した。

紗枝に電話するねとディスプレイを見ながら言った後、携帯を耳に当てた。


「…うん……うん。了解」


電話を切ると
けんちゃんはハンドルを握り車を走らせる。



「あの、紗枝なんて?」


「駅前に行くからそこまで来てって」


「そうですか…」


「おでこのとこ、血がついてるけど大丈夫?何かあった?」



殴られっぱなしで家を出てきたことなど完全に忘れていた。

けんちゃんにそう言われるまで痛みさえ忘れていたのに、思い出した途端にズキズキと痛みが蘇る。


「あ、大丈夫です…」


「口元もあざになってるけど…それに靴は?」


「ちょっと、色々あって…」


あまり触れられたくなかった。

思い出したくなかったから。


そんな私の言い方から悟ったのか
それ以降けんちゃんは黙って運転していた。


助手席から流れる外の景色を見ていた。


何も考えずに。