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▽…――主人公は帰宅途中に、偶然弟と出会う。
道路の向こう側からこちら側に手を振り、名前を呼んで走って来た…▽
「姉ちゃん!!」
ギクリとして振り返ると、サトシが道路の向こう側から手を振っていた!!
▽……道路を渡っていると、脇見運転のトラックが、弟を目掛けて突っ込んできた!!
弟は30メートル以上飛ばされ、潰れた猫の死骸の様に…
息絶えた――▽
左を見ると、猛スピードで大型トラックが迫っていた!!
「サトシ!!」
あの女の笑い声が、耳の奥に響き渡る――
「アハハハハハ…」
.
私は咄嗟に右手に持っていた携帯電話を、迫り来るトラックに向かって投げた――
携帯電話はトラックのフロントガラスに当たり、運転手が気付いた!!
キキィ――…
トラックの急ブレーキの音が、駅前一帯に鳴り響き、ゴムが焼け焦げた臭いが辺りに充満した――
「い…いやぁ――!!」
.
歩道に膝から崩れ落ち、項垂れるた私の肩に優しく手が触れた。
「姉ちゃん…」
トラックは急ブレーキの後蛇行し、後部を対向車線にはみ出して停まり…
そして、道路には砕け散った携帯電話の破片が散乱していた――
終わったんだ…
いつの間にか迷い込んだ、悪夢の様な日々がようやく終わったんだ。
そう信じていた――
.
あれから3ヵ月――
真夏の日差しが眩しく、コンクリートで反射する光だけでも目を開けていられない程だ。
肩までだった髪もすっかり伸び、今はポニーテールにしている。
サトシは相変わらずサッカーに夢中で、中学最後の試合に向け遅くまで帰って来ない。
智子は骨折していた足も完治し、無事に退院して復学している。
母は単身赴任中の父の分まで家の事で忙しい様で、毎日遅くまで1階で何やらゴソゴソと動いてしている。
あの奇妙な出来事が起きる前と、何も変わらない。
私が携帯電話を持っていない事以外は――
.
夏休みも近付いた、ある日の事だった――
自宅に帰ると、慌ただしく身支度をする母の姿があった。
母は玄関で靴を脱いでいる私を見付けると、駆け寄ってきて言った。
「お、お父さんが…
工事現場で事故に遭って入院したのよ!!
怪我は大した事ないらしいんだけど…
お母さん、今から様子を見に行ってくるから!!」
え…父が入院!?
父は自宅から山間部に向かって電車で2時間程の場所にある、ダムの建設現場に技術者として赴任していた。
私も一緒に行きたかったが、夜遅くなると学校に影響があるし、サトシの事もあるので留守番になった。
.
午後7時――
まだサトシは帰ってこない。薄暗い家の中に一人きり…
ふと、以前聞いた言葉を思い出した。
「遭う魔が時」
薄暗い夕方は、一番魔物に遭いやすい時間帯だと言う――
私はなぜか急に不安になり、家の中を明るくしようとして、1階の全ての電灯のスイッチを入れた。
ミシ…ミシ…
その時、誰かが2階の廊下を歩く様な音が聞こえた。
なんだ、サトシ帰ってるんだ。でも、いつの間に帰宅したのだろう?
「サトシ、いるの?」
私は階段を上がり、サトシを呼びに行った…
.
2階に上がってみると、サトシが帰宅している筈なのに、電灯が全くついていなかった。
「サトシ?」
軽く呼び掛けてみたが、全く返事がない…
気のせいだったのかな?
私は念のため、2階の全ての電灯のスイッチも入れた。
「よし、これでオッケー!!」
自分を勇気づける様に、わざと大きな声で言った。
元いたリビングに戻ろうと、私は階段を下りた――
え――?
私は階段を下りた所で、絶句して立ち止まった。
ついさっき点灯させた筈の1階の電灯が、全て消えてたのだ!!
確かに、全部灯けたはずなのに…
キイィ…
背後で、廊下へと続くドアがゆっくりと開いた。
私の足は、あの時の事が蘇り、無意識にガタガタ震え始めた…
.
少し開いたドアの隙間から、誰かが覗いた様な気がした…
ピンポーン
その時、玄関のチャイムが鳴りった――
「あ、サトシが帰ってきた!!」
私は心細くて、早く一人きりから抜け出したくて、急いで玄関に行った。
「おかえり―!!」
私はスリッパのまま下り、素早く玄関のドアを開けた。
「もう…
あんた帰るの遅いよ」
あ、あれ…
誰もいない?
気のせいだったのかな…いや、でも――
その時、周囲に冷気が立ち込め、異様な雰囲気に振り返った。
すると、玄関マットの上にあの女が座っていた――!!
長い黒髪に、透き通る様な白い肌…
間違いなく、あの女だ!!
長い前髪の奥に怪しく光る細い目が、私をじっと見ていたのだ。
息苦しい程の空気が、私の周囲に充満した。
「何も終わっていないのよ、何もね…
アハハハハハハ!!」
.
ゲームの、爆発音が聞こえる――
「姉ちゃんおはよう」
私はあの時と同じ様に、ソファーの上で目が覚めた。
何だ…
夢だったのか?
何だか、本当に嫌な夢を見たな。
私は立上がると、夕食の準備をする為に台所に向かった。
その時サトシが呟いた言葉は、私には聞こえていなかった…
「本当に驚いたよ。
帰宅すると、姉ちゃんがいきなり玄関で寝てるんだからな。
まあ、僕がソファーまで運んだから良いけどさ…」
.