こくっと少年は黙ってうなずく。
(さて、これからどうするか…。もう、ここにはいられない。)
イグレは、少年の頭に手をポンとのせ、タイミングを見計らってそこから脱出した。
走る走る。
「はあはあ…船には乗れねえよなあ。くそっ、小さい国だし…。」
イグレは、街を離れた所で息を整える。
「おじさん。」
「うわーっ!!」
すると、全速力で走ってきたはずなのに、先ほどの少年がまたイグレの隣にいた。距離もかなり離れていたはずだ。この少年も走ってついてきたらしい。息が苦しそうだった。
「バカ!なんでついて来ちまってるんだ!家はどうした!?」
あまりに驚き、怒ったような口調で、声を張り上げてしまった。
少年はビクッとして頭を守る体勢をとった。よく見ると少年の体は傷だらけであった。先ほどは気づかなかったが、顔にもあざができている。その姿に気づいたイグレは、一度深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「ごめん。殴ったりなんかしねえよ。」
まだ小さい少年の顔が見えるようにしゃがみこむ。そっと手を伸ばしてみた。少年の体のあちこちに傷やあざがあった。この子は、誰かにひどく殴られたりしている。それもまったくの知らない人間ではないだろう。古いあざから新しいものまである。昨日今日やられたのではない。まちがいなく一緒にいる人間であろう、そうイグレは察した。もしかしたら、この子はあそこに隠れていたのかもしれない。
「こんな所までついてきて、いったいどうした?」
イグレは、頭を優しくなでながら尋ねる。
少年は、ポケットから何やらものをとりだし、イグレに見せた。
「おじさん、僕行く所ないの。」
少年は、真顔で行った。泣く訳でもなく、落ち込む訳でもなく。
「お家は?」
恐る恐る聞いてみた。
「僕いらないんだって。僕は本当の子どもじゃないから、出ていけって。」
少年は、涙ひとつ見せない。表情も変えない。本当は、どれほど辛いものか。こんなに体も傷つけられ、ひどい事も言われてきたんだろう。きっと少年には、日常だったのだ。それが当たり前だったのだ。逢ったばかりの小さな少年の事を思うと、イグレは涙がでてきた。それは、この国の自分がつかえていた姫の事とも似ていたから。イグレは、少年を抱きしめずにはいられなかった。