俺は、朝一でグラウンドに向かった。
「ハァッ・・・ハァ」
さすがに誰もいない。
俺は、フェンスの方を見上げた。
菜緒の姿が思い浮かぶ。
眩しい光が、俺の目線を邪魔する。
「菜・・・緒」
バタン...
俺は、勢い付いて倒れた。
茶色い砂ぼこりをあげる。
真っ白なユニホームに砂がつく。
マウンドの方を無理矢理見る。
俺がいつも投げていた場所。
やけに懐かしく思う。
あの上の盛り土の上にある、投手板に立つ。
投げる。
このまま、キャッチャーのグローブの中に入ればいい。
ランナーは誰もいない。
ほら、ライトもレフトも暇してる。
あぁ、これが現実になればいいのに。
審判の声で、はやく
“ゲームセット”
って言ってくれよ。
最後の打席は俺で、カキーンと一発ホームラン。
甲子園進出です!
ってはやく言えよ。
なーんて、なにを言っているんだろう。
ばかみたい。
俺は、俺は、俺はーーーー・・・・・・
俺は、いつの間にか眠っていた。
なぜか・・・
とても、あたたかかった。
優しいぬくもりを、感じた。
優しい。
温かい。
暖かい。
気持ちがいい。
「悠...」
とても、優しくあたたかい声で俺は目を覚ました。
そこにいたのは、
「菜緒・・・・」
太陽にあたって光っている菜緒の髪。
茶色に見えてくる・・・・。
桃色の唇。
二重でくりくりとした目。
透き通った瞳。
サラサラとした髪。
薄くて柔らかい肌。
君に出会えてよかった。
「菜緒。ありがとう」
「どうしたの?悠」
笑みを浮かべた菜緒の顔は、極上なモノだった。
俺は、何を迷っていたのだろう。
ガバッと俺は体を起こした。
「悠?」
不安そうな顔の菜緒の顔に俺は顔を赤くした。
「俺、気づいちゃった」
「え・・・?」
俺は立ち上がると茶色くなった砂をはらった。
「ほら、菜緒」
俺は手を差し伸べた。
「うん!!」
菜緒が俺の手を頼りに立ち上がる。
「俺・・もう少し頑張るから」
俺は、菜緒のほうをじっと見つめた。
「菜緒」
きゅっ・・・・・
「悠・・・」
俺は菜緒を抱きしめたままそっと呟いた。
「俺、絶対連れて行くから」
「うん・・・」
「絶対、菜緒を甲子園に連れて行くから」
「ありがと・・・悠」
俺らは長い間、抱きしめたまま永遠の誓いをしたようだった。
第一試合が近づいて来た。
「悠!」
「菜緒!」
菜緒と悠は、練習が終わってから待ち合わせをしていた。
もうすぐ、夏の大会が始まる。
そうしたら、2人が話す機会なんて少なくなってしまう。
2人とも分かっていたからだ。
「ごめん。菜緒、待った?」
悠は、ハァハァと息を切らしていた。
菜緒は、優しく手をひいた。
「行こっか」
「うん」
菜緒と悠は歩き始めた。
残りわずかな時間を、
あたしたちは、
俺たちは、
進み始めていた。
「悠!! はやくはやく~!!」
菜緒が、悠を手招きして何人も並んでいる列に入った。
「え~菜緒並ぶの?」
「もちろん!! 当たり前でしょ!?」
菜緒は、限定品によわい。
今日も、菜緒が好きなアニメのキャラクターのグッズのために並ぶことになったのだ。
「暑~ッ。まだかよ」
悠が迷惑そうに言った。
「ごめん、ごめん。ちょっとだけでいいから。ねっ?」
菜緒が悠を宥める。
悠も飽きれた顔をした後に、少し笑って
「仕方ないなぁ~」
と照れながら言った。
それが、菜緒と悠なりのデートだった。
「初デート」
「わ~嬉しい!! ありがとう!! 悠!!!」
アニメのキャラクターのクマのぬいぐるみをGETした菜緒は、上機嫌だ。
「よかったね・・・菜緒」
汗をタオルで拭きとりながら、髪をかき上げた。
「悠・・・」
菜緒は悠のその仕草に、少しときめいてしまった。
「なんだよ。菜緒」
じっと見つめられているのが不思議に思った悠は、菜緒の方を見つめた。
「ゆっ・・・悠!! はずかしいょ...!!」
菜緒を顔を隠した。
「照れるな。菜~緒」
そう言って、悠は菜緒の手を引いた。
「次は、俺が決める。いいだろ?」
「うん!!」
そして、悠が連れて来たところは・・・。
「ここ?」
「そう!!」
ゲームセンターだった。
「なんでゲーセンなの!?」
「いいだろ♪」
悠はそう言いながら、奥に入っていった。
「悠!! 待ってよ~」
菜緒は悠を追いかけるようにして、走っていった。
ドンッ・・・
「あっ・・・・・」
ふ・・・不良!??
「あ・・・・あのっ」
菜緒は慌てて目をそらした。
悠はそれに気づかずにつかつかと行ってしまった。
「おい。お前さん・・・」
「・・・・っ・・・」
菜緒は怖くてその場から動けなかった。
不審な行動に気づいた悠は、慌てて引き返った。
「菜緒っ!!」
悠は菜緒の前に無理矢理入り込み、両手いっぱい広げていた。
「悠...」
涙目でうずくまっている菜緒の体は、がくがくと震えていた。
悠も額から汗が流れ落ちた。
「すいません...。あの」
悠はその男等に頭を下げた。
菜緒の手をぎゅっ握り締めた手は、かすかに震えていた。
「悠...」
小さな声で菜緒が呟いた。
すると、男等も口を開いた。
「おいおい。君ら、若いね~」
「ちょっと彼女、譲ってよ~」
男等は菜緒に手を伸ばした。
「やめっ...」
菜緒は手を顔に被せて悠を抱きしめた。
パシンッ...
悠は男等の腕を掴んだ。
「・・・・菜緒は簡単に触っていい女じゃないの」
そう言ってパッと手を振り払った。
不良たちの顔色はパッと変わっていた。
すると、手を掴まれた男は大袈裟に笑った。
「はっ...ははは! ばっかじゃねぇーの!?」
そう言いながら、足がだんだん後ろに動いていった。
「ど...どうした!?」
その仲間がその様子を見て慌てた。
その男はすぐさま逃げた。
仲間等もその後を追いようにして、逃げていった。
「悠...」
「ごめんね。悠、ありがとう」
菜緒はそう言って、悠を思い切り抱きしめた。
「菜緒、大丈夫?」
そういい、悠は菜緒の頭を撫でる。
それと同時に菜緒の瞳から、涙がこぼれた。
「悠ぅ~・・・」
悠も菜緒を抱きしめ返した。
「菜緒、守ってやれなくてごめんな」
「ううん。守ってくれたょ・・・」
悠は菜緒の涙を拭った。
「行こう。悠」
「ああ・・・場所、変えるか?」
悠は菜緒の気を払い、手を引いた。
すると、菜緒は
「・・・菜緒?」
「・・・・・・ぃぃ」
菜緒は顔を疼くめたまま、小さな声で言った。
「でも、菜緒っ」
「いい!!」
大きな声だった。
「いいの。悠がここがいいって言った。だから・・・」
深呼吸をした菜緒は、悠の顔を見つめた。
「たまには、悠のことも叶えてみたいの!!」
必死だった菜緒は、顔が真っ赤だった。
悠は、はぁっとため息をついてにこっと笑った。
「仕方ないなぁ~」
と言ってポンポンと頭を撫でた。
「悠、大好き!!」
菜緒はそう言って飛びついた。
「菜緒~」
悠は照れくさそうにして菜緒を下ろした。
「じゃあ行こっか。菜緒」
「うん!」
2人のデートははじまったばかり・・・。
「悠がやりたかったのってこれ・・・?」
「そう!!」
ワニワニぽこぽこ!
30秒以内に何匹のワニを叩くことが出来るかのゲーム。
「おっしゃー!! やるぜっ、菜緒!」
子どもみたいにはしゃぐ悠は、可愛くて、菜緒はつい笑ってしまった。
「ふふっ、悠ったらおっかし~」
菜緒は口を押さえて笑った。
「なっ・・・。そんなに笑うことないだろ?」
「だってぇ~」
菜緒は笑いすぎて涙が出ていた。
悠は照れくさそうにして頭をかいた。
そして数分話してから、悠が切り出した。
「よしっ! やるぞ、菜緒」
「うん!! 任しといて!」
ピー・・・
30秒カウントの音が鳴り出した。
「よしッ」
バンッ!
「悠! 右!!」
「おぅッ!!」
ポコッ!
「菜緒! 前、前!」
「あっ!!」
ぱんっ!!
____....
ピー・・・
30秒が終了したのを知らせる音が鳴った。
「ふぅ~・・・」
「終わった・・・」
2人とも疲れきっていた。
「よし、気になる結果は?」
悠が乗り出した。
ピー♪
タラタラッタラァ~♪
「「新記録達成~!!」」
ワニが急に光り出した。
「おっしゃ!」
悠はやけに喜びをあげていた。
「え・・・悠、もしかして」
菜緒は優柔不断に焦っていた。
「なーに驚いてんだよ!」
悠が菜緒の頭をぽんぽんと叩いた。
「だってぇ~・・・」
菜緒は泣きそうな顔をしていた。
ワニが
“ Happy birthday! ”
と文字を光らしていた。
「悠、どうして・・・?」
「へへっ」
悠は鼻をこすった。
そうすると、そこに男の人が現れた・・・。
「晴・・・!?」
「よぅ、悠に菜緒ちゃん」
不二が手を挙げて近づいてきた。
「よう、不二」
悠が親しげに話しかけた。
菜緒はあんなにも、仲が悪かった2人が仲良くなるなんて思っていなかったから目を丸くしていた。