「よし!頑張れ、私!」
とりあえず行動あるのみだ!なんて、自分を励まして通話ボタンを押した。
あぁ〜、緊張するー…。
男の子に電話をするなんて人生初の出来事で、ドキドキしながら待っていると
「はい。神田です。」
と、いつもより低めな声が聞こえた。
「あ、あの…、佐藤です。」
「こんばんは。どうしました?」
神田くんって電話で話すとこういう声なんだなぁ…。
「今、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ。」
突然の電話に驚く様子もなく、神田くんは普段通りの口調で。
(逆に私が慌ててる気が…)
「どうしたんですか?珍しい。」
「いやぁ、あの。ケーキありがとうございました!母が喜んでました、すごく。」
「あ、いえいえ。手ぶらで伺う訳にはいかないですから。気にしないで。それより、体調は?」
「だいぶ良くなりました。水族館までには、キッチリ治しますので!」
私が自信満々にそう言うと、電話の向こうで小さく笑い声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
「いや、君と僕が大ハシャギしてる姿を想像したら面白かったから。」
私はきっと大ハシャギだろうけど、神田くんの大ハシャギ…。
「神田くんもハシャいでくれるんですか?」
「もちろん。大ハシャギの準備は出来てますから。」
「ほほう、なるほど。じゃあ、私もハシャぐ準備しておきますね!」
なんて、くだらない話は尽きることがなく、結局長電話になってしまっていた。
水族館に行く前日の夜。
何か私にも出来ることがないか考えてみる。
水族館に誘ってくれたお礼に、何か出来ないかな…。
神田くん甘い物好きだし、何か作ってみようかなぁ。
甘い物、持ち歩けるもの…。
「よし、クッキー焼こう!」
そうと決まれば、即行動。バッとベッドから起き上がってキッチンへ向かう。
「よし!やるぞー。」
勢いよく腕まくりをして、気合い十分!
棚からクッキーの型を出してみると、ちょうどイルカの型を発見。
「あ、お魚もある!」
無心になって、生地をコネコネ。
怪しい独り言と物音が静かな家に響きわたっていた。
翌朝、私が下に降りるとリビングでお父さんが鼻歌を唄っているのが見えた。
「おはよー。お父さんどうしたの?」
朝ごはんを作っているお母さんに聞くと、
「ひなちゃんが作ったクッキー。自分のだと思って喜んでるみたいよ。」
と、あっさり一言。
「え!どうしよう…。」
「イケメンくんにあげるんでしょ?そうだ、余りある?」
「あるけど…。ちょっと形悪いよ?」
「いいの、いいの。お父さんだから。ほら、見られないうちにお父さんの分用意しなさい♪」
心の中でお父さんに謝りつつ、クッキーを用意して、コッソリすり替えた。
(お父さんゴメン!お土産買ってくるから!許してね。)
それから、何事もなく朝ごはんを終えて、ご機嫌なお父さんは嬉しそうにクッキーをカバンに詰めて、仕事に出掛けていった。
「私もそろそろ準備しよっと。」
今日はワンピース着ようかなー。
髪型もセットしてみようかな。
どうやら私は、恋心に気付くと急に可愛くなりたがるらしい。いつもなら、髪型なんてストレートのままなのに。
結局、水色のワンピースに決めて、ポニーテールをしてみることにした。
「急に何?って思われないかなぁ…。」
なにこの人、気合い入っちゃってんの?
まさか!俺のこと好きな感じ?
ダメダメ!俺は美人がいいんだゼ☆
頭の中で、悪?な神田くんが再生される。
「いやいやいや!神田くんはそんな口調じゃない!しかも、俺って言わないし。」
こんな事をしてる間に、時間は過ぎているわけで…。
「すいませんっ…!」
「いえいえ、構いませんよ。」
案の定、待ち合わせに遅刻してしまった。
ちょっとだけ走ったんだけどな…。
「おはようございます。」
「あ、おはようございます。」
「約束忘れてるのかと思いました。意外と君ってうっかりさんだから。」
「ちょっと色々あって…。すいません。」
「いや、平気。待つの得意だから。」
オシャレに気を遣って遅刻した、なんて言えないよなぁ。
神田くんは怒ることもなく、機嫌が悪くなるわけでもなく、ゆっくりと歩き出した。
「可愛らしいですね、今日。」
「え?」
「髪型。いつもと全然違いますね。」
か、可愛らしい?!私が?
ちょっと頑張ったけど、まさかそんなこと言ってくれるとは…。
ど、どうしよう。
「いや、あの…。その…。ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
ちょこっと褒められただけなのに、私の心臓はドキドキ、バクバク。
(神田くんってこういうこと言ってくれるんだなぁ…。)
それから、水族館に着くまでたくさん話をしたけど、あまり内容が頭に入らなくて、なんだかフワフワした気分の私。
水族館は、休日とあってたくさんの人で溢れていた。私は、ウキウキしながら神田くんについて行く。
「はぐれるから、離れないで下さいね。」
「はーい。了解です。」
「ん、了解されました。」
神田くんも何だか楽しそう。いつもより表情が柔らかいなぁ。
「クラゲだ…。」
「クラゲ?」
吸い寄せられるようにクラゲの水槽に行ってしまった彼を追いかけると、とっても興味津々な様子。
「君はクラゲ好き?」
「え?うーん、普通ですかね。神田くんは好きなんですか?」
「うん。好き。小さい頃にね、海でクラゲを見つけたんです。僕、捕まえに行こうとして。しかも素手で。」
「え、素手で?!」
「うん。で、母親にすごく怒られた。」
「いくつの時ですか?」
「うーん、年長の時だったかな。」
「刺されなくてよかったです。」
「ですね。危なっかしい子でしたから。」