「……悠太の元カノなんだ。」
ビックリしすぎて言葉にならなかった。それは、千香も同じみたいで、2人して口が開いたまま。
「中学の同級生でさ。高校入ってすぐに、別れちゃったんだ。…たぶん、アイツまだ、忘れられないんだと思う…。」
「そうなんだ…。」
千香が心配そうに私を見つめる。
「悠太さ、雪ちゃんの事あんまり話したがらないから、詳しくは知らないんだけどね。」
「そっかぁ。そうなんだ。」
薄々は気付いてたけど…。
まさか、そんな大切な人だったなんて…。
気付くと、雪ちゃんが元カノだとわかって、ガッカリしている私がいた。
あれ?
なんで私ガッカリしてるんだろう…。
神田くんに元カノがいた。
ただ、それだけの事。
それだけの事なんだけど…。
頭がボーッとして、胸がちくり、と痛い。
思い浮かんでくるのは、あの時の驚いた神田くんの顔ばかり。
もし、今日の再会がきっかけで2人がヨリを戻したら?
私は、心から祝福出来るのかな。
たぶん、出来ないだろうなぁ。
何でかはわからないけど、一緒に出掛けられなくなるのは、すごく嫌。
まだ、話したい事とか行きたいお店とかたくさんあるし…。
ふと、潤くん達と遊んでいた時の神田くんの横顔を思い出して、胸が温かくなった。
私…。神田くんの事好きなんだ…。
そう気付いた瞬間、息が止まりそうだった。
あんなに、嫌いだったのに…。
どうしよう!
どうしよう!どうしよう!
あれから、何をしても集中出来ない日が続いていた。
ずーっとモヤモヤしたまま、戸惑っていろいろ考えて、悩んで。
ひょっとしたら、今頃2人…。
なんて、
くだらない妄想で頭の中はぐちゃぐちゃ。
あの日以来、神田くんとは連絡をとってなくて、嫌われたかも、なんて思っていた。
そんな事もあってか、いろいろ考えすぎて体調を崩してしまった。
明日、神田くん達の試合なのに…。
「ありゃりゃ〜。熱出ちゃったか!大丈夫?」
電話の向こうで、千香がケラケラと笑っている。
「笑わないでよ〜!」
「ごめん、ごめん。明日、試合パスする?」
「…そうしようかな。ごめんね。」
まだ、多少の迷いがあった。神田くんに会うのが、ちょっと辛いかもしれない。
「ひな、まだ神田くんの事気にしてる?」
「え?」
「神田くんの事なら、大丈夫。私が何とかしとくから!」
本当に千香は、私の事なんでもお見通しなんだなぁ。助けられてばかりで、申し訳ないけど…。
「いつもごめんね。迷惑かけて。」
「何言ってんの〜!友達でしょ。当たり前だよ。」
「ふふ、そっか。ありがとう。」
「あ!そうだ。神田くんのお弁当どうしよう?」
忘れてた…。そうだった。卵焼きばっかりのやつだ。
「大丈夫!私、作るから。明日さ、取りに来てくれる?」
「え!ひな、大丈夫?」
「頑張って作るから、大丈夫!」
千香に、そこまで迷惑かける訳にはいかない。きっと、千香に作ってもらったら、神田くんも気を遣ってしまうと思うし…。
次の日の朝、まだ熱は下がらなかったけど、早起きをしてキッチンに向かった。
フラフラするのを、なんとか堪えて冷蔵庫を覗く。
「…バランス考えないとね。」
悩んだ結果、刻んだ野菜を卵焼きの中に入れる事にした。
けど、おかずが卵焼きだけのお弁当なんて、聞いた事ないよ。
本当に変わってるよなぁ。
なんて考えつつ手を動かしていると、自分の頬が緩むのを感じた。
「いけない、いけない。急がないと。」
試合頑張れ!って気持ちを込めながら、自分なりに頑張ってみた。
勝てますように…。
しばらくして、千香が家に来た。
「はい。これ、お見舞い。コンビニのでごめんね?」
「わー。ありがとう!」
千香は、お見舞いにケーキを持って来てくれて、ゼリーと迷ったー!なんて言って笑っていた。
「おじゃましまーす。」
「どうぞー。」
千香は、キッチンの椅子に座って鞄を置くと、神田くんのお弁当の中身を覗いた。
「……え!何これ!!卵焼きばっかり!」
「あはは。驚いた?」
「えー!なんで、なんで?」
千香は、本当にびっくりした様子で、嫌がらせ?なんて真面目に聞いてきた。
「違うよー。神田くんの希望で。」
「本当に神田くんって理解不能…。」
「ね。私も、そう思う。」
クスクスと笑いながら、お弁当を袋に入れて、"応援してますね"と書いたメッセージカードを一緒に入れておいた。
「はい、千香。これお願いします!」
お弁当袋を受け取った千香は、オッケーと言いながら、そーっと鞄の中に入れた。
「よし。じゃあ、あたし行くね。」
「あれ?もう行くの?」
「うん。寄る所とかあってさー。」
「そっかぁ。じゃあ、よろしくねー。」
「はーい。了解しました!」
元気よく出掛けた千香を見送ってから、のそのそとベッドに戻った。
「もうちょっと寝るかぁ…。」
冷却シートと氷枕を替えて、横になると、だんだん睡魔が襲ってきてグッタリしている内に、眠ってしまった。
――――
「……ちゃん、ひなちゃん。」
遠くの方から声が聞こえた気がして目を覚ますと、お母さんが私を起こしていた。
「ん…?なに…。」
窓の外は、もう薄紫色に染まっていて、時計を見ると5時を過ぎていた。
「起こしてごめんね?お友達来てるわよ。」
「友達…?誰?」
「イケメンの男の子!メガネの。彼氏?」
「メガネ…?」
ボーッとする頭で、考えてみる。
イケメンのメガネの…男の子。
メガネ…男の子…。
神田くん?!
「ええぇぇぇ?!」
バサッ!と起き上がってみるけど、完全に思考停止。
固まっている私を横目に、呼んでくるわね〜、なんてルンルンでお母さんは、部屋を出ていった。
ちょっと待って…。
いきなりすぎて頭が追い付かない。
なんで?神田くんが家に?