「それに……」
「花音……、マジで言ってんの?」
「………え」
「マジで言ってんのかって聞いてんだよ。」
怒りたいのか、悲しいのか、わからない……
ただ…嘘だって言って欲しかった……
否定して欲しかった……
でも…
「本気だよ……」
嫌に鮮明に聞こえた声
「もう、限界なのっ!付き合うとかいまいち分からないし。幼なじみの時の方が楽だったし!!」
早口で言葉を発していく花音
「それに!……あ…っ」
黙っている俺に遠慮したのか、そこで止まった言葉
「……そっ…か」
それだけしか言葉が出てこなかった
「っ……」
なんで花音が辛そうな顔するんだよ……
「じゃっ…じゃあ、あたし帰るから」
そう言って立ち上がり背を向け、歩き出そうとした花音
……俺から花音が離れていく
イヤだ………
イヤだ…………
――パシッ
「………えっ」
気付いたら俺は花音の腕を掴んでいた
「行くな…」
「…………え」
「行くなよ……」
行かないでほしい……
ガキみたいかもしれない……
もっと飽きられてしまうかもしれない……
でも……
それでも……
離れていってほしくないんだ……
「…っ……ごめん。ごめん…棗……」
ゆっくりとほどかれた手
離れていく後ろ姿…
行かないでほしかった……
そばにいてほしかった……
なんで……
やっと手に入れたと思ったのに……
ずっとそばにいれると思ってたのに……
悪あがきでも、何でもよかった……
花音がそばに居てさえしてくれれば―……
でも、そんな願いは俺の一方通行で……
叶うわけがなかったんだ……
悔しい………?
悲しい………?
ツラい………?
……イヤ。そんな言葉じゃ言い表せない……
でも今は…何よりも……
この流れ出しそうな涙を止める方法が知りたい……
離れたのはあたしなのに……
先に背を向けたのはあたしなのに……
歩きながら視界が揺らぐ
ポロポロ流れ出す涙
“限界”なんて嘘……
“幼なじみの方が楽”なんてあり得ない…
本当は好きで好きで仕方ない……
引き止められた時、キュゥって胸が締め付けられるくらい嬉しかったし……ツラかった……
行きたくない……
そばに居たい……
“幼なじみ”じゃなくて“恋人”として。
でも……それは棗の将来に関わることだから……
昨日、突然訪れたお客様
棗のご両親……
って言っても昔から仲が良かったせいか、特に不思議にも思わなかった
「こんにちは。可愛くなったね。花音ちゃん」
優しく笑いかけるおじさん
口元が棗に似ていて、ついあたしからも笑みが溢れる
それに対して険しい表情のお母さんと、棗のおばさん
2人は同級生で親友。
だからすごく仲がいい。
いつもならあたしが呆れるくらいキャッキャッ、騒いでるのに……
「とにかく花音、座りなさい」
お母さんが座っているソファーに座るように促した
な…なんだろう……?
棗の両親と向かい合うようにして座る
おじさんはニコニコしているのに、一切笑わないお母さんたち
それがとても異様に感じた
「さっそくだけど、今日は花音ちゃんに用事があってきたんだ」
そう言ってまたニコッと笑うおじさん
「あたしに…ですか…?」
「あぁ―、率直に聞こう。…」
「………」
「花音ちゃんは棗と付き合っているのか?」
「……えっ」
何に驚いたかって?
付き合っていることがバレたこと?
うぅん。違う。
さっきまでにっこり笑っていたおじさんが、真剣な顔をしていたからだ……
「あの…付き合ってます」
嘘を付くわけにもいかなく、素直にそう答えた
「そっか…。」
「………」
そう言って少しの沈黙が流れた
おじさんもおばさんも、お母さんも……
何も話そうとしない……
「あ、あの…黙っていてすみませんでした…あたし…」
「イヤ。そうじゃないんだ…」
えっ……じゃあ何?この空気?
「実は、花音ちゃんには悪いが、こっちの方で調べさせてもらってね…」
調べる……?何を?
「棗と付き合ってることも、これまで何があったかも、全てわかっているんだ…」
「えっ…」
「本当はもっと早く、言っとくべきだったのかも知れない…」
嫌にドクドク脈立つ胸
「棗と別れてくれ…」
「っっ……」
一瞬にして目の前が真っ暗になった
「な、…なにを……」
うまく言葉が出てこない……
「棗はああ見えても将来、伊沢グループを背負って立つ男だ…。それに相応しい妻を選ぶ必要がある」
相応しい…妻……?
「花音ちゃんが棗と結婚する気がないなら問題は無い、が…きっと棗は花音ちゃんにベタ惚れだから…。そうもいかないと思う…」
つまり、あたしじゃ棗に相応しくないってこと……?
「で、でもっ!あたし棗の事が好きなんです!」
「花音ちゃん…」
おばさんが哀しそうにあたしを見る
「あたし!努力しますからっ!棗に相応しい彼女になりますから!だからっ……」
いつの間にかわからないけど、涙が溢れていた
嗚咽で言葉が詰まる
でもあたし…棗と一緒にいれるなら、どんな努力でもしてみせる
だから……だから……
「別れてくれなんて…言わないでっ―…」
泣いちゃダメだって分かってるのに…止まらない
「ごめん。花音ちゃん。花音ちゃんは素敵な女性だ…。だが…」
そう言って一枚の見覚えのある写真を見せられた
これっ…て……
棗が紗月ちゃんから奪ってバラまいた、保健室での写真
「これを、うちの探偵が調査して見つかってね…。何枚かは外部に流出してる。」
「っ……」
「悪いが、これはうちのグループに取って、相当の痛手なんだ…」
「で、でもこれは!!」
「何もないって言いたいんだろ?でもこの写真だけを見た、外部の人はどう思う?」
ピーンとした空気がはりつめる
「思い合ってる男女が、淫らな行為に及んだ…と考えるのが妥当だ……」
なっ!!
「しかも、場所が場所だ…。勉学の場所で…と思われるだけでも相当なイメージダウンになっている…」
「で!でも…」
「ごめんなさい。」
そう言って深々と頭を下げたのは棗のおばさん
「私が2人を幼なじみにしちゃったから…。わかってたはずなのに…。惹かれ合う可能性があるって……」
頬をたくさんの涙が伝っている
「だ!だからって……」
そこで言葉がつまった
涙を流しながら頭を下げるおばさん
申し訳なさそうにあたしを見つめるおじさん
うつ向いたままのお母さん
「………っっ」
なんで……
ただ好きなだけなのに……
好きだから一緒にいたいだけなのに……
「花音ごめんね。」
なんで……
「すまない。花音ちゃん」
なんで………
「花音ちゃん、ごめんなさい。」
なんで……謝るのよ……