「お父さん、僕は絶対に紫衣さんを一人にはしません。
これからずっと彼女と手を繋いで歩いていきたいんです。」
興奮するお父さんとお母さんの声を制するように佐和さんの静かな話し声が響いた。
「あの男も同じ事を言いに来たよ。」
お父さんの唇から紡がれる話に私の心に突風が吹き荒れる。
「あの男って…。」
困惑しながら尋ねる私にお父さんは悲しそうに応えた。
「お前を苦しめた、あの良君という男だ。
数週間になる。
あいつが家に訪ねてきて、紫衣とずっと一緒に生きていくのは自分だと宣言して帰って行ったよ。」
目の前が真っ白になった。
良君が…。
なぜ?
「大丈夫だよ、紫衣。」
遠くで佐和さんの声が聞こえる。
だけど私はその声に応えることなく薄れていく意識に身を任せた。
ぐったりとした紫衣を腕で支えながら以前あの良君という男と逢ったときの事を思い出した。
あの日から紫衣はずっと何かに脅えるようになったんだ。
「その男に俺も逢いました。
紫衣さんを訪ねてきたんです。」
「お前は紫衣とそいつのことを…。」
「はい。知っています。紫衣さんに話しを聞かせてもらいました。」
「紫衣は傷ついているのか?今も、そいつに傷つけられているのか?」
「それは俺にもわかりません。
ただ、彼に脅えているのは確かです。」
「お前に紫衣を守れるのか?
その男だけではない、あらゆる事から紫衣を守ることが出来るのか?」
「そうでありたいと…。だからずっと側で彼女を支え生きていきたいと思っています。」
キッパリと言い放つ佐和さんの言葉に導かれるように意識が覚醒した。
「紫衣?大丈夫か?」
「はい。ごめんなさい。」
いつだって佐和さんは私の側にいてくれる。
なのに私は強くショックを受けると一瞬にして意識を手放してしまう。
良君に逢った日から続くこの症状に自分でも嫌気がさしていた。
「謝らなくてもいい。
心を逃がしてやる時があってもいいんだよ。
俺は紫衣が目を覚ました時に笑ってくれたらそれでいい。」