目の前の君に俺は何が言えるのだろうか。
「っ、ごめんなさい」
「ウサギちゃん!」
俺を見る瞳は昨日見せてくれた色はなかった。
そんなに唇を噛み締めて、血が滲んでいるのも気づいていないように…
隣に座る由里の妹、美樹ちゃんは口許を歪ませて謝り続ける奏多を見ている。
奏多が色を失った瞳で部屋を出ても俺は動かなかった。いや、動けなかったんだ。
あの時、由里とまだ付き合っていた俺は由里の妹である美樹ちゃんを可愛がっていた。本当の妹のように懐いてくれていた彼女が可愛かった。
人懐っこい笑顔の彼女があの日を境に笑顔を見せなくなった。
あの時、付き合っていた恋人との間に出来た子供が流れた。
それが理由。なんてシンプルでなんて残酷な理由。
「拓海さんは…私の味方だよね?約束、したものね?」
掌に触れた体温が君じゃないと訴える。
俺が触れたいのは、
俺が感じたいのは、
たった一つの体温だから。
「拓海、お前ウサギちゃんの気持ちわからねぇのか?」
珍しく怒りを隠しきれていない伊織から視線を外した。
本当なら、いますぐに追い掛けて君をこの腕に抱きしめたい。
でも、それができない自分がいる。
昔、何年も前でも彼女を傷付けた女が酷く憎らしかった。
まさかそれが自分がいま愛している奏多だなんて夢にも思わなかったから。
子供が流れたと言うのを理由に美樹ちゃんは恋人と別れたと聞いた。それが余計に怒りを増幅させ、俺だけは彼女の味方でいようとあの時に決めていたから。
「小さくても、産まれていなくても命だろう。」
「………そうかよ。見損なったな、お前がそいつの言う事をただ鵜呑みにする馬鹿な男だって。」
冷えた視線の伊織の言葉にはどこか裏があるように見えた。
隣にいる彼女を見ればただ俯いているだけで、伊織の言う鵜呑み、の意味が理解できない。