枯れゆく大樹~ミドリの日

 オオオオ…

 ォォォォ…

 緑で埋め尽くされた廃墟に、無数の呻き声が木霊している。

 壁や柱を呑み込む蔓にはいくつもの顔が浮かぶ。

「た…すけ…て…」

「こ…ろ…してく…れ…」

 蔓の顔が、苦痛に満ちた声をあげる。

 その中を、二人の男が絡みつこうとする蔓を跳ねのけながら進んでいく。

「かなり侵食が進んでるようだな」

 大柄な男が険しい顔で呟く。

「自ら望んで植物人間になった成れの果てが、この有り様か」

「なりたくてなったんだからさ、本望だろうぜ」

 小柄な男が吐き捨てる。
 地球緑化政策の一環として開発された植物遺伝子移植技術によって、多くの人間は自分の体を大地の一部に作り替えた。

 そうした植物人間は食事を必要としなくなり、鋼鉄の要塞と化した星に緑を蘇らせた。
 
 当初、この変化は好意的に受け入れられた。

 地球が生き返った。

 豊かな恵みが戻った。

 そして、我も我もと数知れぬ追随者が殺到した。
 だが、根本的に異なる遺伝子を組み合わせるのだ。
 破綻が起きたのは当然の帰結といえた。

 植物の遺伝子が人間の遺伝子を書き換え、その体を乗っ取ってしまったのだ。
 そうして自由を奪われた植物人間たちが、大地の囚人となった。

 なまじ植物の因子を身につけたために寿命が格段に伸び、死ぬことすらままならず呻き続けているのだ。
「大好きな地球の一部になれたんだ。めでたしめでたしじゃないか」

 そう言う男の顔には、しかし深い憂いが刻まれている。

「紛い物の緑が蔓延ったせいで、本物の草木が滅びようとしてる。この星そのものが死にかけてるんだ」

「だがなガリエラ、それは彼等だけの罪ではないぞ」
 大柄な男がベルトのホルスターからキーを抜いて、左腕のドライバーに差し込む。

「ブレイクフォース」

 その声に応えるように、ドライバーが作動する。

『エグゾーストファイア』

「俺達が後始末を押しつけられた不条理を、それで納得しろってのかい?ソリスティア」

 ガリエラと呼ばれた男がつまらなそうな顔で言う。
「割りきれる話ではない。ただここに来た以上、我々はやるべきことをやるだけのことだ」

 ソリスティアの突き出した両腕から業火が迸り、一面に広がる植物人間を焼き払う。
「なんだかんだ言って、こいつらにとっては救済措置なんじゃないのかね」

 燃え落ちる蔓人間が断末魔の声をあげるのに目もくれず、ガリエラは奥に向かう。

「自分で死ぬこともできないこいつらを、星の束縛から解放してやってるだけじゃないか」

 いいながら、右脚のドライバーにキーを差し込む。
「アタックフォース」

『スティールファング』

 ガリエラの脚が、夥しい刃で覆われた装甲を纏う。

「本物の草木が育つために必要な養分を蔓人間が横取りしたせいで、生態系の崩壊が加速したんだ」

 通路を遮る植物人間を蹴散らし、地下道のゲートを開く。

「それなのに、こいつらは何一つ責任もとってない。この星を死に追いやった張本人が、だ」

「彼等だけの罪ではない。我々も、この星を貪ってきたのだから」

 後を追いながら、ソリスティアが諭すように言う。

「いずれにせよ、地球はもうもたない。マザーブレインに保存された遺伝子を脱出させ、種としての人類を存続させるのが我々の今できることだ」


 それにはもう答えず、ガリエラはパッドを操作してホストコンピューターの位置を割り出す。

「ち、一番奥かよ。さっさと片付けようぜ」
 まとわりつく蔓人間を蹴散らし、二人はホストコンピューターに辿り着く。

「いちいち何ヵ所ものホストでパスコードを打ち込まないとマザーブレインにアクセスできないってのは面倒だな」

 ガリエラがコンソールを操作しながら言うと、モニターをチェックしていたソリスティアが振り向く。

「それだけ重要なものだということだ。簡単に侵入されるような警備はしていないだろう」

「そういうもんかね」

  言いながらパスコードを打ち込むと、モニターにメッセージが表示される。

「認証された。あと四ヶ所回ればメインタワーへの通路が解放される」

「まだ四つもあるのか」

 ガリエラが疲れた顔でぼやく。

「こんな調子じゃ、全部解除するまでまだ何ヵ月もかかるぜ」

 頭を掻いていると、

「うおおぁっ」

 物音と共に、ソリスティアの叫び声が聞こえる。

「どうした!」

 咄嗟に振り向くと、壁を突き破って伸びてきた根がソリスティアを捕らえていた。

「こいつ…こいつは本物の木のだ!どうしてこんなところに?」

 ソリスティアは驚愕の声をあげる。

 自然の草木は蔓人間を嫌うようで、同じ場所には繁殖していないのだ。

「変異種?それにしては日の当たらない場所に…」

 少し離れていたため助けに向かおうとすると、

「これでも人間だよ。元々は、ね」

 老人の声がする。
「誰だ!」

 声が聞こえた方を見やると、崩れた壁の向こうに大木が生えている。

「根を切ってくれないか。もう、私の意志ではどうにもならない」

 よく見ると、幹の上の崩方に顔があるのが辛うじて分かる。

「植物化が進んでいてな。考えることもできなくなってきた」

 老人の声が続ける。

「私はかなり初期に改造されたのでね。植物の特性が強くて、人間の要素が失われてしまったのだ」

「話は後で聞く!」

 ガリエラは声をあげ、ソリスティアを捕らえた根を切り払う。

「はあ…はあ…危なかった…絞め殺されるところだった」

 ソリスティアは深く息をつく。

「そういえば動物とかに巻きついて捕らえる、絞め殺しの木ってのがあるらしいな」

 移植した植物の遺伝子によって、こういうことも起きるのか。

 ガリエラはそんなことを考える。

「…ところで、続けていいかね」
 上からの声に、ガリエラは我に返る。

「ああ、あんた植物人間なんだよな。なんでこんなとこにいたんだ」

「ここは研究施設でな。私は遺伝子移植に携わる研究員だったんだ」

 幹の顔がガリエラを見下ろす。

「もっとも、私はニセ植物は地球環境に害を及ぼすと考えていてね。人体改造には反対していたんだ」

「てことは…無理矢理改造されたってとこか?」

「そうだ。しかも忌々しいことに、神経の一部をホストコンピューターに繋がれている。私の生命反応が消えると自爆装置が作動するようになっている」

「陰険なことしやがる…死ぬ自由すら奪おうっていうのか」

 ガリエラの表情が険しくなる。

「おそらく、ここの端末に何か極秘の情報でも入っているのだろう。不正な手順でアクセスするとこの木が傷つく仕掛けだろうな」

 ようやく息の戻ったソリスティアが、足元を気にしながら見上げる。

「どの道、私を生かしておいては君らはここからでられない。繁殖制御がきかなくなってきている」

 そう言う間に、廃墟が軋み始めた。
 軋みは次第に振動に変わり、壁や柱に亀裂が入る。

「まずいな、もうすぐ崩れるぞ」

 ガリエラが通路に目を向けると、早くも無数の蔓や根で埋め尽くされようとしている。

「脱出する間だけでも食い止めてやりたいが、もう警備システムを操作することもできない」

 幹の顔が、苦々しい表情で言う。

「どの道この制御室が崩れれば、自爆装置が作動して施設全体が吹き飛ぶ。何とか抜け出してくれ」

「言われるまでもないさ。先を急ぐんだ」

 二人は踵を返して出て行こうとする。

 だが、背後から太い根が銛のように迫る。

「危ない!」

 気づいたソリスティアがガリエラを突き飛ばす。

「ぐあぅっ!」

 動きが止まったソリスティアの腹を、迫っていた根が貫く。

「ソリスティア!」

「来るな!」

 驚いて戻ろうとするガリエラを、ソリスティアがうずくまったまま制する。

「ここでコンソールを操作して、繁殖を食い止める。…見て分かるだろう。この傷では助からない」

「なんでだよ!俺を助ける理由がどこにある?」

 取り乱して叫ぶガリエラに、座り込んだままでソリスティアが答える。
「メインタワーに…使える降下船があるはずだ。お前はそれを使って、遺伝子のケースと共に脱出しろ」

 立ち上がることもできないのか、コンソールに覆いかぶさる。

「…私はな、ドライバー装着のために強化調整を受けている。そのために生体バランスが崩れてしまって、もう長くない」

 実は、ガリエラはそのことを知っている。

 学者あがりのソリスティアが高度戦闘ドライバーを装着するのには無理がありすぎるのだ。

「改造を受けたことくらい見当つくさ。なんだよ、老い先短いから置いていけってのかよ」

 言いながら、ガリエラは気づいていた。

 腹の出血が止まらない。
 ソリスティアはもう手の施しようがない状態だ。

「俺は先に行くんだ。パッドで居場所はすぐ分かる。追いついて来いよ」

 振り向かず、通路を駆け抜ける。

「さよならだ、ソリスティア…」

 ガリエラが地上に出た直後、轟音と共に廃墟が崩れ落ちる。

 それでも、ガリエラは振り向かない。

 振り向けば、進めなくなるから。

 滅びようとしているこの星の命を、自分が送り出さなくてはならないのだ。

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