鈴華の父親はもともと穀物を扱う商いをしており、この山の麓にある里の出だった。

鈴華が幼い頃は、ここらと江戸とをうろうろしながら商いをしていたのが、商売を成功させて一代で豪商となり、江戸で穀物商として大店を構え、さらには貧乏旗本から旗本株を買って今や武家の身分ということらしい。

わらしべ長者も真っ青の天晴れな成り上がりようである。


それはそれは幸せな家族だ、実に素晴らしい父上を持ったものだなと俺が素直な感想を述べてやると、可憐な乙女の表情がにわかにどんよりと曇った。


「幸せ……なのでしょうかねえ」


少女は長い睫毛に覆われた目を伏せて、相変わらずのんびりした調子で言って、溜息をこぼした。

その吐息に散らされたかのように、赤く色づいた楓の葉がひろひろと一枚、娘の着物の肩に落ちてきてそこにも紅葉柄を作った。


「幸せではないのか?」


俺が尋ねると、娘ははっとしたように視線を上げて微笑んだ。

「そんなことを言っては罰が当たりますねえ。こんな恵まれた境遇なのですから、私は幸せなのでしょう、きっと」

無垢で切なげな微笑は、見る者の保護欲に訴えかけ、男の本能をどすどすと矢尻の先で刺激する凶器だった。

ただでさえ人気のない山中に二人きり。
俺が普通の人間の男だったならば、邪な思いを抱くのに十分な威力と言えた。


しかし俺は天狗であるので、人間の小娘ごときに揺るいだりはしない。

「幸せというものは人それぞれだ。恵まれた境遇であるからといって必ずしも幸せだとは限らんだろう」

と、冷静な言葉と態度とでもって応じてやった。


貧富や身分が人間の幸福としばしば密接な繋がりを持つことは確かだが、無論俺とてそれが全てでないことくらいは承知している。

「鈴が幸せではないと思うのならばそうなのだろう。それで罰を与えるような神仏はおらんと思うぞ」

少なくとも──

悲しそうな顔で己が幸せであるかに疑問を持ち、切ない笑顔を作って幸せだと確信できぬ程度には、この武家の息女は不幸せなのだろう。