身なりが良いのもそのはずで、お鈴──本名を鈴華という彼女は、聞けば旗本の三浦家の娘だった。
普通ならばどう考えてみても、供も連れずたった一人で、このような場所にいるはずのない人間だ。

ここは頭山と言って、江戸から日光街道を進み、宿場町を大きく離れた場所にそびえる山の中である。

麓の里では天狗峰と呼ばれるこの山、昔から天狗が住むという話が伝わっており、めったに立ち入る者もいない。


安政五年というから、慶応三年の今より十年ほど前であろうか。

その年、山菜採りで家族と山に入った鈴華たちは、山菜を求めて山を進むうち、隣山からこの頭山に入り込んでしまった。
帰ろうとしてふと、一緒だった幼なじみの姿が見えぬことに気がついた。

その後は人を集めて山を探しまわったが、いなくなった幼なじみが見つかることはついぞなく、十年の歳月を経た今も行方不明なまま。

これは天狗峰の天狗によって、天狗さらいにあったに違いないということになったのだという。


「旗本の娘がこのような山で何故、山菜採りを?」

俺は浮かんだ巨大な疑問をぶつけてみた。
鈴華は「あー」とのんびりしたかわいい声を出して、

「三浦家はもともと武家ではないのです」

と、言った。