俺は天狗である。

格で言えば大天狗。
天狗の中ではそれなりの地位ある身だ。

天狗の仕事は激務である。

深山幽谷に迷い込んできた者を驚かして追い返し、
時には家々の屋根を踏みならして飛び回って恐怖を植えつけ、
更には人の世の情勢を読み、
この武家社会の裏に潜んで暗躍し、
部下の小天狗たちを統率せねばならぬのだ。

そう、
本来ならば、

山中で人を脅かすのは天狗の仕事。
いつ迷い人に遭遇してもよいように常に万全の態勢でおらねばならぬ。

それが、今日は人を脅かすのとはまた別件で江戸の町にも近いこの山に遠征して来たため、迷い人対策がおろそかになってしまっていた。

このため天狗にあるまじき失態を演じることとなったわけであるが──


断じて、可憐な武家の娘に「お探し」されるような存在ではない。


はても面妖な内容を口にした乙女に、どういうことかと尋ねてみれば、

「昔、この山で消えた幼なじみを探しているのです」

お鈴と名乗った娘は必死の様子で説明した。