「さくたろう、天狗になってしまったのですか!? 私のことを忘れてしまったのですか!?」

「待て待て。落ち着け、俺は鈴の探し人ではない」


泣き叫ぶ娘に戦慄を覚えながらも、俺は彼女の勘違いを正してやった。


「俺は生まれてこの方ずっと天狗だ。人であったことはない」

「うそです! 忘れているだけです!」


うぬう……。
大天狗たる俺もこれには困った。


それとも本当にこの娘が言うとおり、俺が忘れているだけなのであろうか。
実はこの俺の中には、目の前の少女と将来を誓った甘い過去が眠っていたりするのだろうか。

落ち着いて自分の記憶を辿ってみるが、辿り辿って魔王大僧正殿より大天狗に任ぜられた百年前まで遡っても、己の過去に鈴華が登場することはなかった。


「ようく落ち着いて俺の顔を見よ。
確かに俺は瞳や髪の色は変えることができると申したが、それを別にしても、鈴の幼なじみはこんな顔であったか?」


と言っても、十年も昔では容姿など一致するわけがなかろうし。


「ううむ……そうだ!
その幼なじみのさくたろうという者は、十年前の時点で歳はいくつであったのだ? 成長しておれば、俺の外見のような齢にある者なのか?」


俺の見た目は二十代の成熟した男のものである。

鈴華はしばし、涙に濡れた目に俺の姿を映して、


やがて落胆した様子で首を横に振り、ゆるゆると俺の衣から手を離した。


「……私と同い年でした」


とすれば、今は成長していても十六、七。

鈴華も、もしもまことに思い人と再会したのならば、相手は元服したての少年の容姿を持っているはずであることを理解したようであった。

不気味な幽霊の幻影から解放され、俺はほっと胸をなで下ろした。