「天狗様は……天狗様は、お名前をさくたろうと仰るのですか？」

「いかにも、俺の名は朔太郎だが」

娘の過剰反応に面食らいながらも首肯して、俺は何やら嫌な予感が胸に広がるのを感じた。
その予感は確信にも似て、話がにわかに怪談じみた面倒な方向に転落しようとしている気配を俺は敏感に察知した。

「さくたろう……！」

みるみるその目から溢れ、はらはらとこぼれ落ち始めた涙とともに鈴華の口をついて飛び出した悲鳴のような声が、俺の予感を確固たるものにした。

「さくたろう、さくたろうなのでしょう!?　私です、お鈴です！」

俺の衣を白魚のような指でつかんですがりつき、鈴華はおおよそ妖怪変化に対するものとは思えぬ──あたかも恋い焦がれた思い人に再会したかの如き奇ッ怪な態度を示した。

「俺の名は確かに朔太郎だが──」

怪談だ。

「まさか、この山で行方不明になったその幼なじみの名前は……」

「さくたろうです！」


錯乱した少女の口は、世にもおぞましく恐ろしい偶然を俺に教えた。